- 糸井
- と、まあ、
私とあんこの関係については、そんなところです。
‥‥なにか質問でもあれば。
- 観客A
- (挙手)ひとつ、よろしいでしょうか。
- 糸井
- なんでも訊いてください。
- 観客A
- 糸井さんはいつからそうして
あんこに呼ばれるようになったのでしょう?
あんこ好きになったのは何才のころなのか、
昔のお話をうかがえますでしょうか。 - 糸井
- なるほど、その質問ですね。
‥‥私には若くして亡くなった、
祖父というのがおりました。
まったく会ったことはないのですが。 - 観客A
- はい。
- 糸井
- たしか30代で亡くなったんだと思います。
で、聞いたところによると、
その人は人柄も温厚で、
勤勉で、たいへん理知的な人だったと。 - 観客A
- ええ、ええ。
- 糸井
- 亡くなるとそんなふうに言われることは多いのですが、
その分を差し引いても、
ずいぶんとみんなから好かれる存在だったそうです。 - 観客A
- 人徳がおありになったのですね。
- 糸井
- そういう人なのですが、
どうやらひとつだけ、大きな欠点があった。
- 観客A
- ほぉ‥‥。
- 糸井
- その欠点というのは‥‥
- 全観客
- はい。
- 糸井
- 甘いものを人にあげなかった。
- 全観客
- あーー(笑)。
- 糸井
- 死んだのちに、
タンスの奥から甘いものが出てきたそうです。
‥‥という伝説がありまして、
それを聞いたときに、
「あ、わかる!」と思ったんです。 - 観客A
- 理解できた(笑)。
それは、おいくつぐらいのときに? - 糸井
- 物心ついて‥‥小学生のときですね。
小学校の中学年ぐらいのとき。
「あ、わかる!」と思ったその瞬間、
あんこ世界にスッ!! と入ったんです。
- 観客C
- ‥‥いまの「スッ!!」に、
ものすごい力強さを感じました。 - 糸井
- 若いだけに、勢いよく入っていきました。
- 観客D
- あんこ世界に。
- 糸井
- あんこ世界に。
‥‥でもまだ、やっぱり若かった。
なんて言うんでしょうねぇ‥‥
あんこによって、
抱えているものが違うんだなぁっていうのは、
最初はぜんぜんわからなかった。
徐々にわかってくるんです。
このあんこが抱えている世界。
そっちのあんこが呼び入れようとしている世界。
それぞれに、違うんですよ。 - 観客E
- へええーー。
- 糸井
- たとえば、
川沿いの水車小屋のような場所に
笑顔でたたずむ、あんこもあります。
かと思えば、
田んぼの真ん中の、ぼーーっとしてるところに、
ぽてんと置いてあるだけの、あんこもあります。 - 全観客
- はははは。
- 糸井
- 門を開けてもらって、
庭の中に入ってからけっこう歩いたのに、
え? まだ歩くんですか?
どこまで私は歩けばいいでしょう?
っていうような、こう、
奥深ーい石畳を、ずーっと歩いていったところに
すっと居住まいよく置いてある、
そんな、あんこもあります。 - 全観客
- わははははは。
- 糸井
- あんこの世界というものは、かほどさように、
ミクロコスモス、
小宇宙の集積なのです。
「ああ、あんこの旅というものは、
こんなにも多種多様なものなのだなぁ」
ということがわかってきたのは、
どうでしょうかねぇ‥‥
50を過ぎてからでしょうか。
- 観客F
- はあーー!
「ほぼ日」をはじめた後ですね。 - 糸井
- そうですね。
これからもまだまだ、出会うんだと思います。
‥‥以上、質問へのお答えになってますでしょうか。 - 観客A
- ありがとうございました。
- 糸井
- どういたしまして。
- 観客B
- (挙手)あの、すみません。
- 糸井
- なんでしょう。
- 観客B
- これは質問ではないのですが、
わたしたちの中では有名なあのお話を
あらためて聞かせていただけますでしょうか。 - 糸井
- ‥‥あのお話、というのは?
- 観客B
- 「小豆ジャム」のお話です。
- 糸井
- ああ‥‥(苦笑)。
- 観客B
- 記録に残しておきたいと思いますので、
この場でぜひ、お話しいただけるとうれしいです。 - 全観客
- (クスクス)
- 糸井
- 何か? おかしいことが?
- 観客B
- いえ! すみません、つい。
- 糸井
- どうかひとつ、真面目にお願いします。
- 観客B
- 失礼しました、お話よろしくお願いいたします。
- 糸井
- (ひとくちお茶を飲み)‥‥話しましょう。
私は、ジャムづくりをする人間でもあります。
ジャムについても、かなり親しみを感じています。
果物の種類はたくさんあるので、
いろいろなジャムがつくれます。
実際にいろいろつくりました。
どんなジャムをつくるか考えるときに、
ぼくはいつも、パンに塗っておいしいものは
すべてジャムになると考えるんです、まず。 - 観客B
- はい、なるほど。
- 糸井
- とくに、バタートーストにのせるイメージを
いつもするんですよ。
バターの軽い塩気と脂っけと、
その果物の甘みや酸味。
いっしょに食べるとほんとにおいしい。 - 観客B
- わかります、おいしいです。
- 糸井
- で、ある日ぼくは、
バタートーストに小豆のジャムをのせたら、
これはうまいだろうなぁと、自然に考えました。
- 観客B
- ‥‥普通に、思いついた。
(こみあげるものをこらえている) - 糸井
- はい(真顔)。
- 観客B
- そうですか(こらえている)。
- 糸井
- あ、これ、つくろう。
それ以外のことは、なーんにも考えてなかった。 - 全観客
- (こらえている)
- 糸井
- つくっているものが、
最後にどうなればいいのかもわからなかった。 - 全観客
- (こらえている)
- 糸井
- ただ、一生懸命、ていねいに煮ました。
小豆のジャムとして。
- 観客B
- はい(声が震えている)。
- 糸井
- そして、瓶に詰めました。
- 観客B
- 瓶に詰めた(震えている)。
- 糸井
- はい。
瓶に詰めて、蒸気で消毒をして。
まじまじとその瓶を見て、思ったんです。 - 全観客
- ‥‥‥‥。
- 糸井
- ‥‥‥‥これは‥‥
- 全観客
- ‥‥‥‥。
- 糸井
- ‥‥これはあんこだな。
- 全観客
- ぶわはははははははははは!!
- 糸井
- うーーん‥‥。
- 全観客
- わはははははははは!
- 糸井
- 小豆ジャムっていうのも、
それはそれであるらしいんだよ‥‥。 - 観客B
- ポイントは、最後まで一度も
あんこを思い出さなかったことですよね。 - 糸井
- 無意識に、しみ込んでるんだよ。
- 観客B
- いやぁ、ありがとうございました(笑)。
- 糸井
- みんながなぜ笑うのか私には理解できませんが、
機嫌がいいのはたいへんよろしいことです。
ご期待にそえましたでしょうか。 - 観客B
- 最高です、ありがとうございました。
- 糸井
- どういたしまして。
- 観客C
- それではそろそろ、
実際にあんこのお菓子を食べながらの
お話とまいりましょう。 - 糸井
- ああ、いいですねぇ。
具体的に食べていくわけですね。
それは、とてもいい流れだと思います。