- 糸井
- じつは先ほど、
ここに来る前に軽食をとりましてね。 - 観客A
- あ、そうでしたか。
- 糸井
- ですから、せっかくのあんこのお菓子を
たくさん食べられないのが非常に残念なんです。 - 観客B
- ということでしたら、
そんな今の糸井さんに
次のお菓子はぴったりかもしれません。 - 糸井
- ほぉ、それはなんでしょう?
- 観客C
- ちいさめの最中です。
- 糸井
- (ぽんと手を叩いて)「空也」だ。
- 介添人
- 失礼いたします、
こちら、銀座「空也」の最中でございます。
- 糸井
- ああ‥‥きみがこうやって
あんこを運ぶ役割になった理由。たしかそれは‥‥ - 介添人
- この着物を持っていたからです。
- 糸井
- そうです、覚えていますとも。
たいへんあでやかです。 - 介添人
- ありがとうございます。
どうぞお召しあがりください(去る)。 - 糸井
- 「空也」。
「空也」の最中。
ま、みなさんもお食べになってみてください。
- 全観客
- (食べる)
- 糸井
- さあ、どうでしょう。
最中とは、何でしょう? - 観客D
- 最中とは何か‥‥。
- 糸井
- 答えを急げば、最中とは香りです。
- 全観客
- 香り‥‥。
- 糸井
- ではもう一度。
今度は「最中は香りだ」と想いつつ、
食べてみてください。
どうぞ‥‥。 - 全観客
- ‥‥(食べる)‥‥‥‥ああーーー。
- 糸井
- わかりましたね。
最中の皮を「味だ」と思っちゃだめなんです。
香ばしさ。
これは、人工的な焦げの香りです。
料理は焦げもおいしさですよね。
焼いた魚とか、うなぎの蒲焼きとか。
最中は、それを表現しているんです。 - 観客E
- なるほどぉ。
- 糸井
- ですから感動できない最中はたいていの場合、
皮に問題があるんです。
添え物だと思って、皮で手を抜いている。 - 全観客
- (食べつつ、うなずく)
- 糸井
- あんこと同じだけの意識を皮にも持たないと、
いい最中にはなりません。
ね、おいしいでしょ? 香りが。 - 観客F
- おいしいです。
- 観客G
- 香ばしさがたまりません。
- 糸井
- ‥‥あなたは?(観客Bをやさしく見つめる)
あんこがお好きでないと言っていたあなた。
いかがですか?
- 観客B
- 私は‥‥最中が嫌いでした。
- 糸井
- そうですか(やさしい)。
- 観客B
- でも、これは‥‥。
- 糸井
- はい。
- 観客B
- なんだか‥‥
- 糸井
- ‥‥‥‥おいしかった。
- 観客B
- ‥‥‥‥。
- 糸井
- ‥‥‥‥。
- 観客B
- ‥‥はい。
- 糸井
- 応えました。
いまこの人は、あんこからの呼びかけに
「はいっ」と応えました。 - 全観客
- おおーーー。
- 糸井
- この、あんこの濃さ、やわらかさ、
皮の香ばしさ。
それらをこういう加減で合わせてみましたよ、
という「最中からの提案」があったわけですよね?
そんな呼びかけがあって、
あなたはそれに応えたわけですよね?
- 観客B
- ‥‥というか、
糸井さんの話を聞いてたら食べたくなりました。 - 糸井
- うーーーん‥‥
そうなんでしょうけど‥‥
でもほら、私はあんこに取り込まれてますから。
私、あんこだから。
すなわちそれは、あんこに応えたわけですよ。 - 観客B
- あ、そうか‥‥。
- 糸井
- いいですか、何度も言いますが、
私たちは呼びかけに応えるだけです。
「あんこ世界」から降りてきた、
最中という提案をぼくたちは、
「さようでございますか」と受け取る。 - 観客C
- 「はいっ」と応える。
- 糸井
- そう。
立て膝で、両の手を大地につけ‥‥
「はいっ!」
- 全観客
- わははははははは!
- 糸井
- なぜそんなに笑っているのでしょう‥‥?
お話を「空也」に戻します。 - 観客D
- 失礼しました。
「空也」のお話を。 - 糸井
- 「空也」の最中に「はいっ」と応える理由には、
このちいささもあります。
このちいささが、いいんです。
お茶席でも使える。
それと、1個がちいさいと、
食べ終わったという実感があります。 - 観客E
- はい、あります。
- 糸井
- 物足りない感じはしませんよね。
このちいささのわりには
きゅっとしまってて、けっこう重いんですよ。
この濃さのあんこで食べさせるっていうのが、
「空也」の最中なんです。
で‥‥。
ここで、またもや、
私は「とらや」の話に戻らざるを得なくなります。 - 観客F
- 「とらや」さん。
たびたびお名前が登場しています。 - 糸井
- ある日、「とらや」の最中を食べたぼくは‥‥
(小声で)ショックを受けた。
- 全観客
- ほおぉーー。
- 糸井
- ほんとうに驚いたんだから。
思わずツイートしたんだから。 - 観客G
- どういうところに驚いたのでしょう。
- 糸井
- あのね‥‥
「最中の絵を描いてごらん」と言われたとします。
たいていの場合は、まあ、
「ほぉ、印象派ですね」と評される絵を描くんです。
それはそれで、いいんですよ。
ところが「とらや」の場合は‥‥
ピカソ登場、みたいな。 - 全観客
- ピカソ!
- 糸井
- じゃーん、ピカソ登場。
- 観客G
- それを食べてみたい‥‥。
- 糸井
- 食べてください、売ってますから。
食べればわかると思います。
と、まあ、
「とらや」の話になるとまた長くなるので、
このくらいにしましょう。
なんにせよ、最中は皮です。
- 全観客
- 最中は、皮。
- 糸井
- 復唱、ありがとうございました。
‥‥で、着物の人が次にもってくるのは?
どのあんこのお菓子でしょう。