08言葉で人を彫り出している。
- ──
- 人の話を聞くことがおもしろいのは、
なぜだと思いますか。
- 塩野
- 人がおもしろいからじゃない?
人の人生はみなそれぞれだし、
誰のことも、知らないじゃん。
- ──
- ええ。
- 塩野
- インタビューとか聞き書きってのは、
それが文字になって読める。
その人の人生の、
ほんのわずかな断面かもしれないし、
経木のように、
薄ーく切った一面かもしれないけど、
そこに年輪は見えるし、
木のにおいは漂ってくるし‥‥ねえ。
- ──
- ああ‥‥。
- 塩野
- 人生を一枚、薄ーく切っただけでも、
見えてくるものがあるんだね。
で、その、人生を薄く切るものこそ、
おそらく「質問」なわけ。
![](images/photo/ph8-1.jpg)
- ──
- なるほど。
- 塩野
- 彫刻家はノミで仏像を彫り出すけれど、
ぼくらは「質問」で
人間像を彫ってるようなもんだと思う。
ふたりの人間が
ただ単に隣どうしに座ってるだけだと、
何も生まれないでしょう。
- ──
- ええ。
- 塩野
- でも「今日は、どちらから?」って
質問した途端に、何かが生じるよね。
- ──
- どっちに転がっていくか予想もつかない、
やりとりと言うか、ラリーが。
- 塩野
- まあ、えばってる人とか、
嘘ばっかり言ってるような人は別だけど。
そういう人の話、聞きたくないからねえ。
- ──
- まあ、そうですね(笑)。
- 塩野
- それより、
あっちのベンチに寝てるおじいちゃん、
「ちょっと起こしちゃって悪いけど、
どっから来たの?」
とかってやってるほうが、
絶対おもしろいことになると思うよね。
- ──
- 聞き書きは「人生ぜんぶ」を聞くから、
塩野さんは、実感として、
年をとればとるほど
人間はおもしろくなるって感じますか。
- 塩野
- うん、思う。おもしろくなると思うなぁ。
名もなきひとりのおじいちゃんの話でも、
その人生の「断面」から、
ふっと「時代」が見えたりもするからね。
- ──
- 時代。
- 塩野
- うん。
- ──
- 時代‥‥という言葉は、
「インタビュー」というものにとって、
とても密接なものだと感じていました。
- 塩野
- 人から時代が見えてくるインタビュー、
すごく、おもしろいもんね。
映画の人で言えばさ、
映画の黄金期があって、それが廃れて、
Vシネマがあって、今にいたる‥‥。
- ──
- その人の歩みが、映画の歩みで。
- 塩野
- その人の職業と、その人の生き方から、
時代の移り変わりや、
時代の年輪や、時代の枝葉や、
時代のコブや‥‥
そういうものが見えてきたりしたらさ、
もう、ドキドキしちゃうよね。
![](images/photo/ph8-4.jpg)
- ──
- それは、有名な人でも、無名でも。
- 塩野
- うん。どっちでもいいと思うけど、
コメディアンの人の「断面」には、
けっこう
「時代」が出るんじゃないかなあ。
- ──
- ああ、なるほど。
時代の流行や雰囲気を体現してたり、
時代に対する批評性も、
持ってたりとか、しますもんね。
- 塩野
- 昔、三木のり平に
聞き書きをやった人がいたんだけど。
あれは、本当におもしろかったなあ。
そのときの日本が、
丸ごとぜんぶ見えちゃうような、ね。
- ──
- そうなんですか。探してみます。
- 塩野
- とはいえ、
なーんでもないおじさんやおばさん、
みたいな人を、
えんえんインタビューしていく、
というのも、いいと思うんだよ。
- ──
- 塩野さんが、
ずっとやってこられたことですよね。
- 塩野
- とくに「ほぼ日」って、
ものすごく特殊な舞台だと思うから、
それ、合ってると思う。
- ──
- そうでしょうか。
- 塩野
- だって、
のんびりしたテンポで大事でない話、
いっぱい載ってるじゃない(笑)。
- ──
- たしかに(笑)。
不要不急というものは多いですね。
- 塩野
- うん、何だかわかんないんだけど、
「ただ、おもしろい」んだよ。
で、ポイントはさ、
奥野さんっていう取材者の個性が、
すごく目立たないでしょ。
![](images/photo/ph8-9.jpg)
- ──
- ええ。
- 塩野
- それって、すごく大事なことでね。
ぼくは芥川賞候補に4回もなったけど、
結局、くれなかったでしょ。
- ──
- あ、はい(笑)。
- 塩野
- つまり芥川賞作家にならなかったから、
聞き書きが続けられてると思う。
- ──
- こう言ったら何ですけど、
こっちも「ふつうのおじさん」だから?
- 塩野
- そう、芥川賞作家の「先生」になって、
テレビでペラペラしゃべってたり、
そんな人だったら、
あの、おじいさん、おばあさんたちは、
絶対に、ぼくに、
しゃべってくんなかったって思うんだ。
- ──
- そう思われますか。
- 塩野
- 阿川(佐和子)さんなんかがやってる
インタビューは、
また特別だと思いますけど、
そうじゃないふつうのインタビューは、
話し手の言葉だけが浮かんできて、
聞き手は、そこにいるんだけど、
いないことにして話が進んでいくよね。
- ──
- ええ。
- 塩野
- インタビューをされた人の言葉だけが、
浮き上がるように、つくられてる。
その言葉を引き出した人はいるけれど、
読み手にとっては、どこにも、いない。
- ──
- はい。
- 塩野
- 聞き書きとかインタビューって、
そういうもんだよなあって思う。
- ──
- なるほど。
- 塩野
- でも、その「いない誰か」が、
そこらへんのおじいちゃんの人生の
「切り口」や「断面」を
「ほーら、こんなに、おもしろいよ」
って、見せてくれるんだよね。
![](images/photo/ph8-3.jpg)
<おわります>
2017-07-20-THU