森達也さんのラジオ番組に出演した糸井重里が
もっとこの人と話したいと感じたので、
その場でつぎの約束を交わして、
こうして会うことになりました。
会うにあたり定めたテーマなどなく、
互いが、問わず語りに、さまざまなことを。
学生運動、8ミリ映画、アメリカンニューシネマ、
ことによったら尾崎豊から吉本隆明まで。
無理矢理まとめると、青春論、かな?
森達也さんのプロフィール

最終回 吉本隆明
糸井 「恐怖」って、
つまり、パワーなんですよね。
見えるか見えないかとか、
あるかないかとは関係のないところで
人を縛ることができるパワー。
そうですね。
おばけ屋敷なんかと同じですよね。
糸井 ええ。
通路のほうが怖いんですよね。
おばけそのものはじつは怖くない。
でも、いつ出てくるのか、
どんなのが出てくるのかって思いながら
薄暗い通路を歩くときがいちばん怖いわけで、
最近の世相も、そのおばけ屋敷の通路に
はまり込んじゃったなって気がしますね。
たとえば北朝鮮が核実験をやったと。
それはいったいどの程度の威力があって、
どの程度、ぼくたちにとってリスクがあるのか。
たしかにハザードは大きいですよ。核ですから。
でもそれを言えば、インドやイスラエル、
アメリカやロシア、中国のハザードだって
同列に論じられなければならない。
そのへんを冷静に論じるんじゃなくて、
実験をやったという段階で、
もう、通路の怖さがどんどん増してしまう。
危機管理意識ですね。
そこで正義や大義が乗っかってくると、
実体のない盛り上がりになってしまう。
糸井 その「にぎわってる通路」が
いちばんビジネスになりますし。
そうですね。
いろんな需要が発生しますから。
糸井 「通路ビジネス」。
うん。
メディアは危機を煽ったほうが
部数も視聴率も上がりますからね。
糸井 だから、そこの加熱が終わったあと、
きちんと「知」を得ている人たちと
つき合っていきたいなあと思うんですよ。
そうですね。
それができている人はいますから。
ただ、まあ、やっぱり少数派だし、
どんどん旗色は悪くなってますけど。
糸井 ああ、そうですか。
たぶん、冷静に見てしまう人って、
どこか「鈍い」人だと思うんですよ。
自分も含めて、どこかが鈍い。
鈍いからこそ、その通路の怖さに
大騒ぎできないんだと思うんですけど。
糸井 ただ、言い方はむつかしいですね。
通路が正義で盛り上がっているときに
冷静なことばでしゃべると、
内容にかかわらず圧がかかりますから。
はい。
糸井 正しいか正しくないかという物差しで
計りづらいことが言えなくなるというか。
あの、こないだ久しぶりに
吉本隆明さんと
用事じゃなくてしゃべることがあったんですが、
そのときに吉本さんが
「万引きするやつより
 万引きを捕まえるやつの方が悪い」
っていう言い方をしてたんですよ。
なんとなく親鸞的ですね(笑)。

糸井 もう、これだけで怒られそうでしょう(笑)?
怒られる発言に決まってるんですよ。
つまり、吉本さんが何を言ってるかというと、
万引きというのは犯罪だけど、
犯罪としてはたかがしれてると。
でも、それをつかまえるというのは、
たかがしれている犯罪を
許さないということだから、
じつはそっちのほうが悪としては
大きいんじゃないかということなんです。
ああ、そういう論理。
糸井 ロジックですね。
たぶん、この話をすると、
「ものを盗むのが悪くないのか」とか、
「苦労して作った身になってみろ」とか、
「たかがしれている犯罪は
 どこからどこまでなのか」
みたいな話になるとは思うんですけど。
はい。
でも、吉本さんがおっしゃっているようなことは
ぼくも最近、つくづく感じてます。
糸井 さっきの「リスクとハザード」の話にしても
そうだと思うんですけど、
ひとつの正義だけで
いろんなことがいっしょになっちゃうと
ほかの話ができなくなると思うんです。
たとえば、その、
「ウソつきはドロボウのはじまり」
っていうときに、少なくとも
ウソをつくこととドロボウは違うでしょ、
という話をしたい。
でも正義や善を背負ってしまうと、
いつのまにかウソつきが泥棒として論じられている。
はじまりという前提がいつのまにか抜けている。
糸井 というときに、ぼくは、
一気に答えを言ってくれる吉本隆明さんという人に
ほんとに生きててほしいと思ってるんです。
人が、大昔からずっと考えてることについて
すっと、ひと言で言ってくれる。
言われてすぐ理解できないことだったとしても
「いま、ぼくは理解できませんけど
 それを覚えておきます」
って思えるようなことばに
触れることができるんですよね。
そのありがたさっていうのは
やっぱり、ものすごく大きくて。

五年前くらいでしたっけ、
糸井さんと吉本さんの『悪人正機』は。
糸井 そのくらいですね。
話をしたのは、もっと前ですけど。
いい本でしょう?
大好きな本ですね。
糸井 そうですか、うれしいな。
『A』と『A2』を撮ったあとに
悪とか善とか、罪とか罰とか、
いろいろと考えていてるときに
ちょうどあの本が出て、
なんとなく親鸞にも
興味を持ちはじめていたころなので、
これはすごいなと思ったんです。
糸井 ぼくは、吉本さんから
学んでいるっていう気持ちはないんですね。
ほんとに、おもしろく
世間話をしてもらっているという感じで。
ぼくは、あの人のことを
根っこのところでは詩人だと思ってるんです。
だから、『悪人正機』に書かれていることも、
ああいう詩だという気がするんですよね。
詩の力って、じつはいちばん
世界を見通してるんじゃないかと思う。
だから、あの、なんだろうな、
こうしてしゃべるだけでも心が動いてるんです。
目の後ろ側が、すこーし、湿潤になるんです。
ぼくはあちこちで
吉本隆明さんが素敵だという話をしていますけど、
それはファンだからとかじゃなくて、
本当にありがたいっていう気持ちなんですよね。
それはね、あんまりないんですよ、そんな人は。
いないでしょうね。
糸井 いないんですよ。
森さん、一度、いっしょに会いましょうか。
ぜひ、お願いします。
糸井 あの、ただのオヤジとして、
「はいはいはい」って言ってる状態で
どのくらい素敵かわかりますよ。
ま、実生活でいえば、
なんの役にも立たない
おっさんなのかもしれませんが。
(笑)
糸井 でも、あの人の、そういうところを含めて
伝えたいんですよね、ぼく、なんとか。
思い出すだけで、
そこまで糸井さんの心が動くっていうのは
それは、すごいことですよね。
ぜひ、共有させていただきたいです。
糸井 うん。いつか会いましょう。
それを、ぼんやり約束して、
ずいぶん長い時間になりましたけども、
終わりにしましょうか。
はい。ありがとうございました。
糸井 ありがとうございました。
こういうことが多いんですけど、
けっきょくぼくのほうが
たくさんしゃべってしまって(笑)。
いや、ぼくも、たいてい
こうなっちゃうんですよ。
糸井 聞き上手というよりは、腕でしょうね。
やっぱり、そういう訓練をしてるんでしょう。
テレビ時代も含めると
十何年インタビューをしてきましたからね。
糸井 腕ですねえ。
おそれいりました。
(笑)


(森達也さんとの対談は今回で終了です。
 お読みいただき、ありがとうございました)


2007-02-25-SUN


 
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN