カメラに乗って旅をしてきた。操上和美さんと糸井重里の、いい時間。

第10回 自分をおもしろくするのは、自分。

糸井
「あの人を撮ったときは、
 えらいことだった」みたいな思い出って
他にも何か、ありますか。
操上
ロバート・フランクかな。
糸井
あ、そう?
操上
ロバート・フランクを口説いて、口説いて。
糸井
写真家ですよね。
操上
うん、1950年代にアメリカを旅して
『THE AMERICANS』って写真集を出した、
もう、90歳ぐらいの写真家。
糸井
何げない人や場所の写真を撮る人ですよね。
「ある街の誰かさん」みたいな。
写真
操上
そう、ふつうのスナップに見えるんだけど、
それが、いいんです。

最近は
ずっとカナダのノバスコシアにある別荘で、
ポラロイドかなんかで、
ほとんど「自分の心の声」を撮っていてね。
糸井
そうなんですか。
操上
ニューヨークではたくさん撮ったんだけど、
ノバスコシアで撮らなかったら
俺はロバート・フランクに会ったことには
ならないと思った。

だから、本人に頼んだんだけど
「あそこは、何にもない」って言うわけ。
糸井
ええ。
操上
でも彼は、とにかく最近は
ノバスコシアで自分の声しか撮ってない。

ニューヨークがどうだとか
アメリカはこう変わってきてるんだとか、
もう、どうでもいいんです。
糸井
何か、きっかけがあったんですかね。
操上
娘を飛行機事故で亡くしてるんですよ。

で、息子さんも、
大人になってから精神を患ったりして。
糸井
ああ、そうですか。
操上
彼自身、詩人っぽいところもあったし。

とにかく、ノバスコシアに行かなければ
彼のことがわからないと思って
まる3日間、口説いたら
「じゃあ、明日行こう」となったんです。
写真
糸井
お知り合いだったんですか?
操上
いや。
糸井
それ、よく向こうもオーケーしましたね。
操さんの写真を見てたのかな。
操上
アレン・ギンズバーグとか
ウィリアム・バロウズを撮ってたし、俺。
糸井
そうか。
操上
他方で『THE AMERICANS』は
俺にとって、バイブルみたいな作品だし。

ロバート・キャパか、
ロバート・フランクかって感じで。
糸井
なるほど。
操上
キャパについては
写真というより「生き様」に惹かれた。
華やかな人だったんですよね。
恋もし、すごい人好きで、モテたから。

一方、フランクはまるきり地味な人で、
旅をしてるあいだ中、
洋服なんか着替えないような人だった。
撮影のときも
「フランク、そろそろ靴、買おうよ。
 ボロボロじゃないか」
って言うんだけど
「いや、これでいいんだ」って頑なに。
糸井
ええ。
操上
半ばむりやり靴屋に引っ張ってったら
俺らは絶対に選ばないような
「フランク、お前、それでいいのか」
という、ダサい靴を選んだの。

ま、履きやすいんだろうけど。
糸井
おもしろいなあ(笑)。
操上
で、俺、ノバスコシアの撮影のあとに
親父が死んだんだけど
「父親の墓参りに行きたい」って言ったら、
「俺も行く」って、
一緒について来たんですよ、北海道まで。
糸井
え、ロバート・フランクが?
操上
うん。
そのときに靴を買ったんだ、臭うから(笑)。
糸井
それはもう「写真の話」じゃないですよね。
「旅の話」だよなあ、まさに。
写真
操上
そうだね。
糸井
だって、今の話、
写真についてひとことも話してなくたって
成り立ちますもんね。
操上
旅をするってことは、
そのときの自分の気持ちがぜんぶ、
反映するんだよね、
うれしいだとか、悲しいだとかさ。

だから、同じ海でも空でも、
見たときに、
うれしい、悲しい、きれい‥‥というのは、
自分の気持ちがそうなんだよね。
糸井
うん、うん。そうですね。
操上
空もきれいなのかもしれないけど
自分の気持ちが、きれいになってるんだよ。
糸井
操さんは、それを撮ってる。
操上
そうだね、そういう心の動きに対して
写真を撮っているんだと思う。
糸井
操さんって
「直感的に動いている部分」と、
「ぜんぶ、論理的に説明つけられる部分」と、
両方あるから、おもしろいです。
操上
たしかに、直感的なようでいて、
けっこうロジカルなのかもしれないな。

海岸に引っ越すときの話も、
その場で瞬間的にパッて計算してたし。
糸井
「中二階をつくったら
 200坪の家賃で300坪借りられる」
ってやつですね(笑)。

でも、やっぱり
先にくるのはロジックじゃないですよね?
操上
うん、違いますね。

先にくるのは
「ここは広いぞ、引っ越すぞ」だね。
糸井
あと、牧場ではたらいて
ごきょうだいを学校にやったときから
ずっと「お父さん役」だったから、
まわりのみんなが、
操さんのあとについていきますよね。
操上
うーん‥‥何でですかね。
糸井
ふだんから、やさしいからかな。
操上
どうだろう。
糸井
だって、操さんが誰かに何かを頼んで
断られてるイメージないです。

急な流れの川を
2回流された人もいるくらいで(笑)。
操上
ま、イヤだって言われるようなことは、
やらないよね。
糸井
いつだったか操さんが言ってた
「年なんか考えてないよ」という言葉、
あれ、すごく影響を受けました。
操上
それは、まあ、いまだに考えないね。
考えないんだけど、
みんな死んでいくんだよ。どんどん。
糸井
後輩だったはずの人もね。
操上
倒れたら、そこで人生、終わりでしょ。

年上年下関係なく、人は消えるんです。
自分だって
いつかどこかにポーンと消えるんだから、
生きてるうちに、やっとかないと。
糸井
うん。
操上
それはね、「向上心」というような
たいそうものじゃなくて、
ただの「可能性」みたいなものです。

俺みたいな人間でも、
何かしら身につけようと、やってきた。
で、身につけたら
それなりに包容力も出てくるんだよね。
写真
糸井
楽しそうですよね。
操上
楽しいですよ。
糸井
操さんは、苦手なことはありますか。
操上
人前に出るのが、どっちかというと苦手。
糸井
メディアにも、
写真としてはたくさん出てるんだけど、
こうやって
自分を出すってこと、なかったですね。
操上
そんなに器用じゃないからね。

たぶん、大学とかに行って、
サークルの仲間とセッションしたりしてれば、
そうなれたのかもしれない。
糸井
ああ、なるほど。
操上
でも、そういうことやらずに、
24にもなってから専門学校に入って
就職して、ケンカして辞めて、
「俺はひとりでもできるんだ」って
突っ張って、ずっとやってきたから。
糸井
ええ。
操上
自分でも「遅れてきた少年」って思いが
ずっと残ってるんです。
糸井
いまでも?
操上
うん、その思いは、いくつになっても。

俺は、大学も出てないし、
みんなより遅れて写真をはじめてるし、
物知りでもない、
ほんとに世間知らずで、田舎者。

だから、
何かを真剣に勉強して身につけなきゃ、
という思いが、いまだにあるなあ。
糸井
今日、あえて聞かなかったのは、
「操さんのモテモテの歴史」なんですけど
それはまた、別の機会で(笑)。
操上
はは、そんなことないけど、はい。
糸井
いまも、絶えずおもしろいことを探して、
自分を動かしていますね。
操上
そうじゃないと
おもしろくならないもんね、自分が。
誰かが自分を
おもしろくしてくれるわけじゃない。
糸井
そのとおりだ。

いやぁ、ありがとうございました。
かっこよかったです。
操上
お役に立てば。

<終わります>
写真
目次
  • (01)スキャンダルなヌード大行進。
  • (02)写真家になれば旅ができる。
  • (03)同期は「篠山紀信」。
  • (04)カメラに乗って。
  • (05)建築雑誌ばかり眺めていた。
  • (06)「おい、引っ越すぞ。海岸に移る」
  • (07)まだまだ発掘している最中。
  • (08)タモリさん。
  • (09)健さん、永ちゃん、川を流れる陽水さん。
  • (10)自分をおもしろくするのは、自分。