「書く」って、なんだろう?
紙とペンがあればできる
シンプルな行為でありながら、
無数の可能性を秘めている。
「ほぼ日手帳マガジン」で
去年、多くのかたに読まれた
人気コンテンツがかえってきました。
日常的に「書く」ことと
深い関わりをお持ちのみなさん、
「書く」ってどんな行為ですか?

書くってなんだ?

鈴木康広さん(3)
SEASON2 vol.7
鈴木康広

偶然を生み出す、数百冊のノート。

空に透明の大きな人の形がふわりと浮かぶ、
「空気の人」。
ファスナーの形をした船が水の上を走ると、
その軌跡がまるで“開いた”ように見える
「ファスナーの船」。
アーティスト・鈴木康広さんの作品は、
どれも発見と美しさをはらんでいます。
いつもの景色がぐっと魅力的になるような
それらの作品群は、
シンプルなタッチで描かれたイラストから
生まれています。
展覧会では、鈴木さん手書きのマップや
解説が置かれることもしばしば。
そんな鈴木さんにとっての
「書く」って?

プロフィール鈴木康広Yasuhiro Suzuki

1979年、静岡県生まれ。
2001年、東京造形大学デザイン学科を卒業。
日常を独自の視点で捉え直し、
新たな見方、捉え方を投げかける作品を
多数生み出している。
代表作に「まばたきの葉」「ファスナーの船」など。
武蔵野美術大学空間演出デザイン学科准教授、
東京大学先端科学技術研究センター客員研究委員。
作品集『まばたきとはばたき』『近所の地球』
(ともに青幻舎)、絵本『ぼくのにゃんた』
『りんごとけんだま』(ブロンズ新社)を刊行。

ホームページ
twitter@mabataku

もくじ

貼るというプロセス。

――
こんなふうにノートを使うようになったのは、
いつごろですか?
鈴木
大学を卒業してからですね。
学生時代は、ブロックメモに1枚1枚書いていました。
束になったメモを見返すのに時間がかかるので、
スクラップをはじめたんです。
並んでくると、また違う見え方になる。
 
これ、重要なのは、貼る時間なんですよね。
のりで1枚1枚これ貼っていくんですよ。
めんどうじゃないですか。
――
はい。
鈴木
でも一枚ずつずれないよう貼ると、達成感がある。
すると愛着が生まれて、見返す楽しみもわくんです。
そこで、「見返す」ことのたいせつさに気づきました。
――
ノートを見返すことの原点ですね。
鈴木
ただいやだったのが、
貼ると固定されちゃうっていうこと。
そんななかで、ページを折ったりして‥‥
 
するとほら、新しい組み合わせに出会えちゃうんですよ。
こんなふうに「移動できる」ってことが
とてもたいせつだなって思っていました。

デジタルでも移動はできる。
新しい組み合わせも作れる。
でも、のりで貼る作業がないじゃないですか。
結局、そういう時間が大事なのかなあと思うんです。
――
「スクラップを作る」のが目的に見えるけれど、
一見その途中の作業にすぎない「貼る」時間こそがだいじ。
鈴木
はい。
作品を発表するようになってからは
このノートに出会って、スクラップはやめました。
でもスクラップで体得したことは残っている。
ノートやスクラップというのは、
道具として完結しているわけじゃなくて、
本当に自分のそのときの能力とか気分とか、
いろんなことと連動しているんですよね。
――
このスクラップやノートは
ほんとうに財産ですね。
鈴木
スケッチはすごくたくさん書いてきたので、
本当にたくさんのアイディアが入っていて、
じつは人に見られたくないものなんです。
――
それを見せてくださっている!
鈴木
たまにスケッチについて
アシスタントに話をしたり、
こういう取材の機会に「これは何?」と聞かれて
思いがけず自分の口から出てくる答えが
面白いこともあります。
「勝手に開かれたらちょっといやだな」って
思うこともだいじで、
それをあえて人に見せたときに、
何か思いがけないもの、
自分の中にしまい込んでいたものが
顔を出すこともある。
――
最初から見せる前提ではないものを
見せたからこそ生まれるものが。
鈴木
はい。
そういうノートの使い方とかメモのしかたとか
手帳の使い方みたいなことは、
自分にとって計り知れない影響力だと思いますね。
このノートを見るだけでワクワクする、
っていう状態さえ作れたら、
もう行き詰まったりしないわけですよ。
これだけあるから、
めくってれば何か思いつくんじゃない? って
思わせてくれる場所がここにあるっていうのは、
いまの僕にとってはとても心強いです。

まあ、実際いくらめくっても、
思いつかないときもあるわけです。
――
はい(笑)。
鈴木
でも、これがなくなったら、
いちから自力で考えるしかない。
それはとてもたいへんなことですよ。
本当にこのノートの中にしかない時間と空間があって、
そのおかげでいままで活動できたんだと思います。

また、このグレーのノートが良かったんですよ。
いつでも受け入れてくれる、
しっかりしなくていいよと言っているようなグレー。
――
黒だと、ちょっと強い。
鈴木
そうなんです。

そうそう、
このノートを使いはじめた頃、
とにかくノートを落とすことが
すごく不安だったんですよ。
――
はい。
鈴木
でも知り合いに、「大丈夫、
もし拾っても、誰もわからないから」
と言われて、すごい衝撃を受けました(笑)。
こんなに秘密がいっぱい書いてあるのに! って。
ぼくにとってこのノートは、
それくらいだいじなものなんです。

(おわります)

第2シーズン

第1シーズン

photos:eric