宮沢 |
ルヴォーさん!
またお目にかかれて嬉しいです。
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ルヴォー |
こちらこそ、来てくださってありがとうございます。
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宮沢 |
今回のお芝居は、どんなお話ですか?
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ルヴォー |
あるひとりの女性を巡って男と女が闘うっていう、
彼女の取り合いみたいな話です。
不思議な感じがしますよ。
3人がひとつの部屋に集まって過去の話をするんだけれど、
それぞれの過去が、違うんです。
「こうだったよね」って話をひとりがすると、
別の人が「ううん、そうじゃなくて、こうだった」。
その過去が過去のままではなくて、
現在に過去が浸食してきたりする。
とても面白いです。
人間の記憶って、当てにならないものである、
っていう話でもあって。
人間って、現実を勝手に作っていくものだよね。
ぼく自身、たとえば4歳の時に体験したことが
記憶として残っていても、
体験というものが重なってきた時に、
どんどんその記憶が変形していく。
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宮沢 |
そうですよね。
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ルヴォー |
ぼくは母親から、「あなたたちのお父さんとは
エレベーターの中で知り合ったのよ」って
ずっと聞かされてきたんです。なれそめの話です。
でも、「その通りだ」っていう一言を
父からは、聞いたことがない。
ひょっとして、母はそういうふうに覚えているけれど、
父は違う話として記憶しているのかもしれない。
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宮沢 |
お父様も、ご自分の記憶が
確かじゃないかもしれないとおわかりだから、
おっしゃらないんでしょうね。
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ルヴォー |
そうなんです、本当にそう。
自分の体験は違うんだけど、
母の記憶が間違っているわけでもないだろう、みたいな。
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宮沢 |
でも、お父様よりお母様のほうが、
ものをどんどん前に表現できるから。
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ルヴォー |
そう、父親よりも母親のほうが表現が豊かです。
父親は、秘密をずっと持ってる感じで。
たぶん、母のなれそめの話には、
どこか違うところがあるんだろうなぁ。
彼らが知り合った頃は、4階建て以上の建物が
そんなにロンドンになかった時代なんですよ。
だから、エレベーターで知り合ったっていっても、
とても短い時間だよね(笑)。
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宮沢 |
そうね(笑)。
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ルヴォー |
父は別に手が早いタイプではないので(笑)、
エレベーターで声を掛けるなんてことはあるかなって。
4階しか上り下りしない時に声を掛けるなんて。
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宮沢 |
でも、昔のエレベーターって、のんびりしてるから。
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ルヴォー |
それもある! どこかで止まっちゃったのかもしれない。
でも、それでもね、相当、父の手が早くないと、
そんな所で声を掛けられなかったと思う。
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宮沢 |
そうですね。記憶が変化していくのって‥‥、
自分にいいように変化するのかな?
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ルヴォー |
自分のいいように、かどうかもわからないですよね。
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宮沢 |
そうですね。
そもそもなぜ変化するんでしょう?
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ルヴォー |
肌が、生きててどんどん変化するように、
記憶も変化し続けていくものなんじゃないかな。
自分たちで認めるよりも、
過去ってすごく不思議なものなんじゃないかなと思う。
で、不思議だから、自分の中でつながるように、
勝手に並べ替えたりする。
でもその中には、自分じゃない人の体験が
混ざっていたり。
変化して違う人間になっていきますからね、どんどん。
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宮沢 |
今取り組んでいる『海辺のカフカ』っていうお芝居は、
ひとつのストーリーの中に
いろんな人間たちのドラマが描かれていて、
突然戦後になったり、突然戦中になったり、
突然現代になったり、飛ぶんです。
でも、戦時中に生きてた人も、今ここにいる人も、
絶対に何かがつながっているっていうことを、
みんなの解釈を(稽古場で)提供し合っていて。
わたしは、この人の生まれ変わりがこの人で、
わたしが母親だったんじゃないかとか、
そういう話を今すごく深くしているので、
記憶とか、もしかしたらその人が生まれる前に
生きていた記憶っていうのも、
どこかにはきっとあるんだろうなっていうのを
すごく感じるんです。
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『海辺のカフカ』
村上春樹さんの世界的ベストセラー小説を原作に、
2012年、蜷川幸雄さんの演出で舞台化。
宮沢りえさんが主演。
この2014年は、カフカ役に
これが初舞台となる新人・古畑新之さんを抜擢、
埼玉、大阪、東京での公演のほか、
2015年にはロンドンとニューヨークでも
上演されることが決まっている。
▶東京公演
▶大阪公演
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ルヴォー |
DNAの中にいろんな情報を持って生まれるって、
本当のことじゃないですか。
生まれ変わりっていうのを信じるかどうかは置いておいて、
完全に空っぽの状態で生まれるわけじゃないっていうのは
信じざるを得ない気がする。
何かがもう生まれつきあって生まれてくる。
その個人の何かもそうだけど、文明や社会も、
持って生まれる気がします。
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宮沢 |
そうですね。
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ルヴォー |
そういう意味で演劇がおもしろいのは、
物語は、世代から世代へと
どんどん手渡されていくものだということです。
昨年、ブロードウェイで『ロミオとジュリエット』を
演出したんですけれど、
こんなふうに言う人もいるんですよ。
「現代化するんですか?
それとも、昔のままでやるんですか?」みたいな。
アメリカ人だから、そういう聞き方をしてくる。
そういう選択肢しかないの? と思ってしまう。
そりゃあ、シェイクスピアをタイツのままでっていうのは、
あんまりいいアイディアだと自分も思わないけれど。
「現代化する」みたいな表現を彼らは使うんだけれど、
ぼくからしてみると、
「いや、そうじゃなくて、現代と感じられるんだけども、
古代と手をつなぐことができるものを
作らなきゃだめだろう」って。
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宮沢 |
そうですね。
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ルヴォー |
観客に道を開いて、
自分たちの先祖と手をつなぐことができるみたいな
感覚をおぼえられたら、
それってすごいことだと思うんです。
演劇にはそれができると思う。
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宮沢 |
そうですね。 |
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(つづきます!) |