JIMIYA
女子大生ヂミや1001夜。
自動販売機の下などには、小銭を落としたりします。
だから、だれもそれを拾わなければ、小銭はそこにあります。
これを、専門的に拾っている人々がいるらしい。
それが「ヂミや」、たぶん地面を見るから、なのでしょう。

とても簡単そうな仕事です。誰でも出来そうです。
しかし、これで生計をたてるとなると話は別です。
戦略、調査、行動、努力・・・いろんなコトバが脳裡をよぎる。

ちょうど、絶不調を売り物にしていた女子大生が、
この話題に、軽率な興味を持ったようなので、
「やってみるか?!」と言ったら、「やりたいっ!」と。
「ほんとおおおおだな?」「やります!」
よく言った。やってもらおうじゃないか。
1日でおしまい、なんて甘いものじゃないぞ。
そうだなぁ、シェラザードのいにしえにならって、千一台だ。
自らの足で、自販機1001台を探って、
自前の知恵と努力で、「日本一のヂミや」になれ。

どうせ途中でまた「ゼップチョウですう」とか言うんだろう、
とお思いの読者も多いでしょうが、
ぼくもそう思っています。

見せてもらいましょうっ!
1001台の自販機を相手のハイヒールの格闘技を。

1999年8月8日(日)
【最後のヂミや】


い〜つ〜の〜こと〜だか〜、思い出してご〜らん。
とうとうこのときがきた。
ダラダラ〜〜〜と、ほぼ1年かけてやってきたヂミや。
いろんなことがあったような、なかったような。
少なくとも私にとっては、凄い体験だった。
普通やらないし、出来ない。こんなことは。
この企画に感謝するとともに、
支えてくれた皆様に感謝したい。

さて、今までのヂミや活動で拾ったお金の行方は?
まさか、ちまが懐に入れて使ってしまったのでは?
こんな声がそろそろ聞こえてきそうですが、
この貴重な小銭たちは、拾い主の独断と偏見によって、
“あるところ”に寄付されることになったのです。
なんだか、ビル・ゲイツの真似にもならない金額ですが。

ビル・ゲイツ:11兆5000億円  
ヂミヤ・チマ:1373円
とても、比べてはいけない数字です。
太陽の温度と人間の体温くらいの差です。
しかし気持ち的には、
このお金で少しでも多くの人を救って欲しいっ!!のです。
つまるところ寄付をするということは、
自分の欲望を満たすだけという見方もできます。
「寄付をしたんだっ!」という
偽善的な欲望を満たすために。

まあ、そこまで深読みする必要はないのですが、
ほぼ日とちま的には、この企画がスタートした当初から、
このお金は「いいことに使おう」と言っておりました。
その「いいこと」が「寄付」になったのは、
私が勝手に決めたことで、それこそ偽善っぽいですが、
警察に届けることが良いことだとは思わなかったし、
もとあった場所に戻すというのも意味がない。

それじゃあ、どこに寄付をするのか?
寄付をするならユニセフ、という考えはあったものの、
それを決定的にしたことがあるのです。
ちまが、お初ヂミやから帰ってきたときでした。
新聞やDMで雑然としている我が家の玄関で、
私宛の郵便を探していたら、
ピンクの大きめな封筒が出てきたのです。
青字でUnicefと書かれたその封筒を見た瞬間、
「やっぱり、これだっ!」と思いました。
その時、少しでも多くユニセフに寄付できるように、
これから頑張って拾うんだ!と決意しました。
でも、終わってみたら、ろくに1人も救えない金額です。

ユニセフからの手紙に、6種類の予防接種をするには、
1人15ドルかかると書かれていました。
他には、塩分と糖分を適度に配合した
経口補水塩は、1回分が8セント。
脱水症で衰弱しているこどもが、
経口補水塩をほんの少し飲んだだけで、
手足に少しずつ力が蘇ってくるのだというのです。
いつもお腹を空かして、
メシだっ! メシだぁ! と叫んでいる私。
たった8セントの経口補水塩を求めて、小さな子供たちが
闘っているのかと思うと、私は恥ずかしい。
しかし、恥ずかしがってたって何も始まらない。
それじゃあ、少しでもお役に立ててもらおうと、
全部のヂミや金、1373円を寄付させて頂きました。

最後に、今回やった30台の報告を。
最後の場所を決めるのに、下調べをした。
ヂミやが始まった頃に友達から聞いた、
「田町はすごいよ」の一言を忘れてはいなかったので、
そのとおりに、田町の「慶応通り振興会」を調査した。
しかし全く拾えず、そこはカウントには入れなかった。

そこで選ばれたのが、池袋。
池袋は、ちまの馴染み深い街のひとつで、
かれこれ、10年のお付き合いだ。
中学・高校・大学と、池袋が通学ルートの
途中にあったおかげで、どこにどんな自販があるのか、
その使われ具合など、基本的な情報はアタマに入っている。
小銭と出会うかどうかはちまの運しだいだった。

溶けるような暑さの中、
口を開けっぱなしで探し歩いたのに、結局拾えなかった。
そして、諦めて帰ろうとしたけど、
やっぱり諦めきれずに、今度は駅の中を探しまくった。
ひたすら下を見て歩いた。
その時、「諦めないで良かった」という
浪人生がターゲットの予備校のCMがパッとうかんだ。
ある意味、私は浪人生みたいなもんだよ、
「諦めないで良かった」よ、ホント。
見事、100円を拾ったのである。
いろいろ彷徨ったけど、拾えて良かった。
嬉しい反面、これでヂミやも終わるのかと寂しい気もした。

記念すべき最後の1台。
1001台目は、
渋谷センター街にある、カールトンの自販にした。
こんな自販は見たことがないからだ。
カールトンなんて普通に買うのも困難なのに、
自販自体がカールトンだなんて、珍しすぎる。
しかも、相変わらずカールトンを愛煙しているちまには、
最後の1台は、これしかなかった。

そこで、持参したポラロイドで写真を撮ってもらった。
「すいません、写真撮っていただけますか?」
「えっ、どこで?」
「ここです。この自販をバックに。」
「え、えっ? 自販をバックにするんですか?」
「はい。この自販が好きなんです。」
と、そりゃあ頼まれた人は驚いただろう。
いくら東京観光だって、自販の前じゃ撮らない。
日本中、自販なんてイヤというほどあるんだから。
しかも答えにつまって「この自販が好きなんです」と。
でも本当のことだから仕方がない。
肝心の、小銭は無いくせに、
おかげで、記念に残るいい写真が撮れた。


最後の自販


こうして、延ばし延ばしやってきたヂミやは幕を閉じた。
私にとってヂミやとはなんだったのか?
「趣味は決意」という私は、
私生活においても決意ばかりで、行動が伴わないらしい。
困ったことに、卒業後の進路すら決まっていない。
ほぼ1年にわたって途切れ途切れ連載をしてきて
(連載とよべるものではなかった)、
全12回、ここまで読んで下さった皆様に感謝します。
本当にありがとうございました。

それと、気になることがひとつ。
自動販売機で電子マネーが使えるようになったら、
“ヂミや”はどうやって生きていけばいいのだろうか?
まあ、それほど急な話ではないにしても、
そう遠くない未来に実現するだろう。
同業者としては同士たちの将来が気になる。
日本の自動販売機から、リアルな現金が消えてしまうとき、
ヂミやも姿を消してしまうのだろうか?
情報というお金は拾えないだけに。

【今日の様子】
場所:池袋・渋谷
時間:13:30〜15:30
天気:晴れ
気温:暑すぎる
人通り:若者多し
台数:30台
金額:110円
残り台数:0台
全ての金額:1373円

【ヂミや後記】

さきほど、最後の硬貨を拾いました。
家に停めてあった自転車のカゴの中に、10円が。
持ち主は金遣いが非常にあらい、うちの兄です。
どうせなら、1万円くらい落としておいてほしかった。
「ちま、最後に記録更新、1万円ゲット!」とかさぁ。
そんなドラマもなく、“ヂミや”慎ましく終わりにします。

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1999-08-15-SUN

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いままでのタイトル

1998-10-04  修行の始まり
1998-10-13  川越商店街:その1
1998-10-25  川越商店街:その2
1998-11-08 ヂミやの師匠、ついに参上!!
1998-11-17  師匠のおっしゃる通りに
1998-12-07  給料日後の金曜の夜
1998-12-31  夜中のヂミやは危ない!
1999-01-30  300台で、家まで帰れるか?
1999-04-17  『アンナ・ヂミーニナ(上)』 チマストイ
1999-05-01  『アンナ・ヂミーニナ(下)』 チマストイ
1999-06-06  International ヂミや