田中×糸井対談
担当・ふなわ
第3回 なにかを書く田中さんを知って
- 糸井
-
で、僕が田中さんを最初に、この、なんか書く人っていうふうに認識、何もなかったですけど、東京コピーライターズクラブのリレーエッセイみたいなページを、
- 田中
-
リレーコラム、はい。
- 糸井
-
読み始めたらおもしろくて、「誰これ?」って思ってっていうのが、まだせいぜい2年くらい。
- 田中
-
2015年の4月くらいに書きました、そのコラムは。
- 糸井
-
じゃあ、それ以後ですね、明らかにね。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
それまで、田中泰延名義で、ああやって個人の何かを書くことはなかったんですか?
- 田中
-
一切なかったんです。
- 糸井
-
(笑)
- 田中
-
で、あのぅ、僕たち、この仕事、キャッチコピーね、20文字程度、ボディコピー200文字とか、
- 糸井
-
はいはい。
- 田中
-
それ以上長いものを書いたということが、もう人生はないですから。
- 一同
-
(笑)
- 糸井
-
笑ってます(笑)。
- 田中
-
それまで一番長かったのが、大学の卒論で、現行用紙200枚くらい書いた、これは人の本の丸写しですから、書いたうち入らないですね。
- 糸井
-
ちなみに、それは何の研究なんですか?
- 田中
-
芥川龍之介の『羅生門』の小説だけで200枚くらい書きました。
- 糸井
-
ほぉ。
- 田中
-
もういろんな人のこうね、丸写し。
- 糸井
-
切ったり貼ったり?
- 田中
-
切ったり貼ったり、切ったり貼ったりして、でも、その時に担当教授にそれを見せたら、「これは私は評価できません」と、で、「荒俣宏先生の所にこれを送るから、おもしろがってもらいなさい」と、「とりあえず卒業させてあげますけど、私は知りません」って言われたんですよ。だから、その時から多少変だったんでしょうね。
- 糸井
-
いわゆる、その、「博覧強記」っていうジャンルに入りそうなものを書いたんですね。
- 田中
-
まぁ、その切ったり貼ったりが、とんでもない所から切ったり貼ったりしようっていう意識はあったんですよ。
- 糸井
-
のちに、僕らが「石田三成研究(:秒速で1億円稼ぐ武将 石田三成 ~すぐわかる石田三成の 生涯~)」で味わうようなことを(笑)、大学の先生が味わったわけですね。
- 田中
-
無関係なことを言うと。
- 糸井
-
それしか書いてないんですか?
- 田中
-
その後、なんか書くって言ったら、2010年にツイッターに出会ってからですね。あれ、でも140文字までしか書けないので、広告のコピー書いてる身としては、こんな楽だっていうことで始めたんです。
- 糸井
-
ちょうどいいんですよね。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
じゃあ、広告の仕事をしてる時は、本当に広告人だったんですか?
- 田中
-
ものすごく真面目な広告人。
- 田中
-
実質20年くらい、テレビCMの企画ばっかり。もちろんテレビCMの最後には、何かコピーっていうものが載りますけど、
- 糸井
-
「来てね」とかね(笑)。
- 田中
-
あります、あります、「当たります」とかあります(笑)。だから、ツイッターができた時には、なんか文字を書く、これが打った瞬間、活字みたいなものになって、人にばらまかれるっていうことに関しては、俺は飢えてたっていう感覚はありました。
- 糸井
-
リレーコラムはどのくらいでしょうね、あれ。600字くらいの感じかな。
- 田中
-
800字くらいじゃないですか。
- 糸井
-
800字くらいですか。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
で、そのうちの中身にあたるものはほとんどなくて。
- 田中
-
まったくないですね。
- 糸井
-
600字のうち、あぁ、800字のうち600字くらいは、どうでもいいことだけが書いてあるっていう文章。
- 田中
-
今でも全然変わらないですね、それ。
- 糸井
-
ねぇ。で、おもしろかったんですよ。
- 田中
-
ありがとうございます。
- 糸井
-
で、僕、27、8の若い人だと思って、
- 田中
-
(笑)
- 糸井
-
こういう、こういう子が出てくるんだなぁって(笑)、
- 田中
-
(笑)
- 糸井
-
もっと書かないかな、この子がって思って、いつ頃だろう、27、8じゃないってわかったのは(笑)。
- 田中
-
46、7のオッサンだったっていう(笑)。
- 糸井
-
20歳開きがある(笑)。
- 田中
-
あの組織の中で、入った23歳であそこに入ったヒロ君のまま、今まで来ちゃってるから、それが好きに勝手に書くっていうことになったのが45,6歳ってことですよね。
- 糸井
-
で、やがて、映画評みたいなものが次ですか?
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
西島さん(:西島知宏)っていう。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
あの人が、いわば、電通にいた方ですね。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
で、自分のクリエイティブブティックみたいなものを起こされて、先輩、後輩で言うと、田中さんが先輩?
- 田中
-
はい、7、8年先輩なんです。
- 糸井
-
あ、じゃあ、若手の人として付き合ってたんだ。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
で、そいつへのはなむけ(贐)というか。
- 田中
-
いや、彼も電通に一緒に在籍したのは知ってて、辞めたのも知ってるんですけど、なんの付き合いもなかったんですね。
- 糸井
-
えっ?そうなんですか。
- 田中
-
で、2015年の3月に突然大阪を訪ねて来られて、で、僕の所に、「明日会いましょう」、「なんですか?」って言ったら、大阪のヒルトンホテルで、すごいいい和食が用意してあって、「まぁそこ座ってください」って言って。料金表見たら、1人前6,000円くらいの「いろは」。「うわぁ、たっかぁ(高)、食べていいのかな」。そうしたら、もう、「食べましたね。食べましたね、今」。「食べましたよ」。「つきましてはお願いがあります」と。「田中さんが」、その糸井さんが見たのと同じ、東京コピーライターズクラブのリレーコラムと、それから、ツイッターで時々、「昨日見た映画、ここがおもしろかった」って、2、3行書いてたんですね。それを見て、「うちで連載してください」と。
- 糸井
-
はぁ。
- 田中
-
で、「分量はどれくらいでいいですか?」って言ったら、「いや、ツイッターでも2、3行で映画評をしていることもあるので、2、3行でいいです」。
- 糸井
-
(笑)
- 田中
-
「いいの?2、3行で?」って、「映画観て、2、3行書けば、なんか仕事的な?」、「そうです」って言うから、映画を観て、次の週に、とりあえず7,000字書いて送りました。
- 一同
-
(笑)
- 糸井
-
溜まった性欲が。
- 田中
-
そう。書いてみると、やっぱりね。