田中×糸井対談
担当・ふなわ
第9回 どうしてもやりたくない
- 糸井
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あの、どうしてもやりたくないことっていうのが世の中にはあって、そこを僕は本当に逃げてきた人なんです。で、逃げたというよりは捨ててきた。で、どうしてもやりたくないことの中に、なんか案外、人は人生費やしちゃうんですよ。
- 田中
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はい。
- 糸井
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で、それは、僕は、何かやりたいというよりは、やりたくないことをやりたくないほうの気持ちが強くて、で、そこから、しょうがなく、マッチもライターもないから、木切れをこう、こうやって火を起こしはじめたみたいなことが自分の連続だったと思ったんで、だから、広告も、なんかどうしてもやりたくないことに似てきたんですよ。
- 田中
-
はい。
- 糸井
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で、「これ、いや、まずいなぁ」、つまり、プライドっていう言葉に似てるけど、違うんですよね。どうしてもやりたくないことに近い。で、うーん‥‥、無名の誰かであることはいいんだけど、やっぱり過剰にないがしろにされる可能性みたいな、こう、魂が。
- 田中
-
はい。
- 糸井
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そういうのは嫌ですよね。
- 田中
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とはいえ、糸井さんのそのお仕事、広告、広告時代って言うとおかしいけれども、広告のお仕事見てても、「この商品について、この商品の良さを延々語りなさい」とか、そのリクエストに応えたことはないですよね、最初から。
- 糸井
-
うん、うん。
- 田中
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それは。
- 糸井
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何なんだろう、だから、やっぱりさっきの、「受け手として僕にはこう見えた、これはいいぞ」って思いつくまでは書けないわけで、だから、僕、結構金のかかるコピーライターで、車の広告するごとに1台買ってましたからね。
- 田中
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あぁ。
- 糸井
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だから、それはおまじないでもあるんだけど、「いいぞ」って思えるまでがやっぱりちょっと大変っていうか、だから、お酒は飲めないけども、その分どうやって取り返そうかみたいなところは結構ありましたし、だから、どこかでやっぱり受け手であるっていうことにものすごく誠実にやったつもりではいるんです。
- 田中
-
はい、はい。
- 糸井
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で、誠実にやりきれなかった仕事っていうのは混じりますね。打率から言ったら、「これはチャチャっとやったけど、できちゃった」っていうのは時にはありますから、どれがって言いませんけど。でも、広告の仕事を辞めるっていうのは、「あ、このまま、『あいつ、もうだめですよね』って言われながら、なんで仕事やっていかなきゃならないんだろう?」っていうふうにたぶんなるんだろうなと。で、「あいつもうだめですよね」って、僕についてはみんなが言いたくてしょうがないわけですよ。で、何回も経験してきてるんで、「あ、プレゼンの勝率が落ちたら、もうだめだな」っていうのは思ってて、で、「ご注進、ご注進」みたいに、「みんなが、『糸井さんは広告から逃げた』とか言ってますよ」みたいなことを告げに来る馬鹿とかいますから。
- 田中
-
はいはい。
- 糸井
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だから、「はぁーっ」と思って、「こういう時代にそこにいるのはまずいな」っていうか、「絶対嫌だ」と思って。で、僕にとってのブルーハーツに当たるのが釣りだったんですよね。ずっと釣りしたかったんで。で、そこで、誰もが平等に、その、コンペンション、なんていうの、争いごとをするわけですよね、コンペティション。
- 田中
-
コンペティション。
- 糸井
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で、その中で勝ったり負けたりっていうところで血が沸くんですよ、やっぱりね。
- 田中
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この間おかしかった(笑)、「始めた頃は、ちょっと水たまりを見ても、魚がいるんじゃないか」って(笑)。
- 糸井
-
そう。
- 田中
-
そう見える(笑)。
- 糸井
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そうなんです。だから、始めたのが、どうでしょうかね、12月だったと思うんですよ。で、東京湾に、シーバスって呼ばれてるスズキですね。
- 田中
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スズキ。
- 糸井
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スズッコとか、それがいるんだってことがわかっただけでもううれしいわけですよ。つまり、開高健さんが、「ニューヨークにはニジマスが」、
- 田中
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あぁ、釣ってましたね。サケですかね、あれ。
- 糸井
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がいるっていうのを文章で書いて、で、「ハドソン川には」とかって書いた時に、僕らはやっぱり、「おぉっ!」って思うわけだよ。同じようなことが、「東京から富士山が見える」っていう、これもみんなを喜ばせるわけですよ。
- 田中
-
はい。
- 糸井
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で、同じように、レインボーブリッジの下に、コソコソっと行って、どこかに車止めて、身をかがめながら埠頭に出て、で、そこでルアーを投げると、シーバスが釣れる可能性があると。本当に初めて行った真冬の日に、大きい魚がルアーを追いかけてきたのに逃げたんですよ。で、同時に、さっき言ったアマチュアの奥さんは、俺が出掛けるっていう時に、「ご苦労様」とか言って、ちょっとなめたことを言いながら、
- 田中
-
(笑)
- 糸井
-
帰って来たら、バスタブに水が張ってあったんですよ。
- 田中
-
はぁ。
- 糸井
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で、つまり、生きた魚を釣ってきた時に、そこに入れようと思ったんだね。だから、
- 田中
-
すごい!
- 糸井
-
すごいでしょう?
- 田中
-
すごい!
- 糸井
-
その、馬鹿にし方と、実際にこう水を貯めてね。
- 田中
-
ここに、ここに待ってる(笑)。
- 糸井
-
そう、そのアンバランスさっていうのが俺んちで、で、その時に、「あれは明らかに魚が追いかけてきた」って思ったことと、「釣ってきた時にはここで見よう」って思ってた、つまり、喜びじゃなくて、「見たい」っていう気持ち。で、それは、もう夢そのものじゃないですか。で、それが僕の中に、ウワァーッと湧くわけですよ。
- 田中
-
うんうん(笑)。
- 糸井
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奇跡みたいなもんで、全部ルアーも取っときましたし。で、「いるんだ」っていうのと、それから、普段見えていない生き物が俺の、その、竿の先に付いたラインの向こうでひったくりやがるわけです、ものすごい荒々しさで。で、その実感がもうワイルドにしちゃったんですよ、僕を。で、なんておもしろいんだろう。その後、プロ野球のキャンプにまた行く。それはまた野球も僕をなんかワイルドにするものなんですけど、青島グランドホテルに向かうまでの道のりに何回も水が見えて、野球を観に行くはずなのに、水を見てるんです。
- 田中
-
水を見てる(笑)。
- 糸井
-
折りたたみにできる竿とかを、野球のキャンプの見物に行くのに、持っているんです。
- 田中
-
持ってるんですね(笑)。
- 糸井
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で、正月は正月で、家族旅行を正月、温泉旅行かなんか行った時に、まったく根拠なく、砂浜で一生懸命、何か釣れるのを、真冬に、海水浴やるようなビーチで、一生懸命投げてる。
- 田中
-
投げて(笑)。
- 糸井
-
それを妻と子どもが見てるんだ。
- 田中
-
(笑)なんか釣れましたか、その時は?
- 糸井
-
まったく釣れません。
- 田中
-
(笑)
- 糸井
-
根拠のない釣りですから。
- 田中
-
(笑)
- 糸井
-
でも、根拠がなくても水があるんですよ。
- 一同
-
(笑)
- 糸井
-
いいでしょう?これ、僕にとってのインターネットって、水なんですよ。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
もう今初めて説明できたわ。
- 田中
-
はぁ。
- 糸井
-
根拠はなくても水があるんです。
- 田中
-
根拠はなくても水がある。
- 糸井
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水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。で、それが自分に火を点けたところがある。だから、僕の「リンダリンダ」は、水と魚です(笑)。
- 田中
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水と魚、はぁ。
- 糸井
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おもしろいんですよ。その朝1人で誰もいない所で釣りをしてると、初めて釣れる1匹っていうのが、朝日が明ける頃に、何も気配がなかった、ただの静けさの田んぼの間の水路みたいな川で、泥棒に遭ったかのようにひったくられるんですよ。で、「俺の大事な荷物が今盗まれた!」っていう瞬間みたいに、パーッと引かれるんですよ。その喜び。これがね、なんだろう、俺を変えたんじゃないですかね。
- 田中
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なるほど。いや、その話が、まさかインターネットにつながるとは。
- 糸井
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思いついてなかったですね。
- 田中
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あぁ。でも、言われてみたら、きっとそういうことですよね。
- 糸井
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広告を辞めるとかっていう、「ここから逃げ出したいな」っていう気持ちと同時に、「水さえあれば、魚がいる」っていうような、その期待する気持ちに、肉体が釣りでつなげたんでしょうね。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
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うわぁ、素敵なお話ですね。
- 田中
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いや、本当に(笑)。はぁ。