「書く」って、なんだろう?
紙とペンがあればできる
シンプルな行為でありながら、
無数の可能性を秘めている。
「ほぼ日手帳マガジン」で
去年、多くのかたに読まれた
人気コンテンツがかえってきました。
日常的に「書く」ことと
深い関わりをお持ちのみなさん、
「書く」ってどんな行為ですか?

書くってなんだ?

塩野米松さん(2)
SEASON2 vol.6
塩野米松

ノートや手帳を書くことは、
人生を楽しむためのチャンス。

作家の塩野米松さんが
38年間愛用し続けているという、
小さなノートがあります。
インタビューのときには取材メモをとり、
毎朝の散歩のときには、見つけた植物や虫たちの
スケッチを描いているのだとか。
「書く」仕事をしている塩野さんが
日々、ノートに残しているのは
どんなことなのでしょう。
秋田県角館のご自宅におじゃまし、
数十冊ものノートを
じっくりと見せていただきました。

プロフィール塩野米松Yonematsu Shiono

1947年秋田県角館町(仙北市)に生まれる。
東京理科大学理学部応用化学科卒業。作家。
近年は故郷角館に仕事場を置き、半分はここで執筆。
芥川賞候補に4回も(もらわず)、
小説と職人の聞き書きを中心に執筆活動を行っている。
ベストセラーとなった
『木のいのち木のこころ』(新潮文庫)をはじめ
『木の教え』『手業に学べ(心)(技)』、
『にっぽんの漁師』(ちくま文庫)、
『失われた手仕事の思想』(中公文庫)、
『刀に生きる』(KADOKAWA)など著書多数。
絵本『なつのいけ』(絵・村上康生)で日本絵本大賞。
6年をかけ中国の職人さん6名に取材し執筆した
『中国の職人』を、ほぼ日サイト上で無料掲載中。

聞き書きの世界。『木のいのち木のこころ』と塩野米松さん。
インタビューとは何か。塩野米松さん篇
塩野米松さんの『中国の職人』全文を無料で公開します。
塩野米松さんの『中国の職人』をみんなで読もう。

もくじ

脳のどこかにピンを打つ。

ーー
どのノートを読んでも、情景が浮かびますね。
この日は、
「くもり。ミンミンゼミいっぱい。アブラが負けた」。
塩野
ぼくが子どものときは、ミンミンゼミっていなくて
アブラゼミがほとんどだったの。
そしたら、このごろは
ずいぶんミンミンゼミが多くなっていて
アブラゼミが負けて、声が聞こえなくなってきた。
たしか、そのメモを見ながら
後で新聞の記事にその話を書いたんだったな。
ーー
散歩のメモが、後から
書くお仕事にもつながっていくんですね。
塩野
自分はあんまりその気はないんだけど、
いつか何かにつながるネタ集めみたいなものに、
最終的にはなっているんだと思う。
ーー
その数日後、
「ミンミンゼミ1匹。帰り鳴かず」。
塩野
ミンミンゼミの
最後の日を確認しようと思ったのよ。
ーー
季節が少しずつ移り変わっているのが
よくわかりますね。
塩野
いずれ長い物語を書くときのために、ワンシーンを
覚えてるようにしようと思ってるんじゃないかな。
山の中に少年が入っていった時に、
何が見えて、何が変わってきたのか。
その少年が観察力のある少年であれば
気がつくであろうことは、
みんなここに書いてある。
たぶんそのための訓練なんだろうな。
ーー
季節の取材、ですね。
塩野
全部を記憶する必要はなくて、
必要な時に思い出せればいいの。
植物名も、あとでちょっと調べればわかるぐらいの
メモさえできていればいいのよ。
そういうことを覚えるために、たぶん書いてるんだね。
ーー
キーワードみたいに。
塩野
うん。子どものとき、漢字を覚えないと、
お袋が「100回書きなさい」って言ってて。
それ以来、書けばだいたい
何か思い出すかもしれないって思って、
そうしてるんじゃないかな。
ーー
書けば、思い出す。
塩野
ぼくはたぶんね、
書くことで記憶してるかどうかわからないけど、
脳のどこかにピンを打ってあると思う。
ぼくの場合は書かないと、
なかなかそれができないんだと思う。
ーー
記憶の中の大事なところに、
目印みたいなものを
つけておくということでしょうか。
塩野
そうだね。
あのね、たとえば
奥さんといっしょに車で旅に出るとき、
彼女がスマホでナビを出してくれるんだけど、
ぼくはあれ、あんまり信じていないの(笑)。
全体像が見えないでしょ。
ぼくは今、北海道のどこを、どっちに向かって
走ってるかを知りたいわけよ。
ーー
はい、カーナビだと
俯瞰はしづらいですよね。
塩野
だから必ず地図を見て、
自分の行くコースをメモ用紙に書くの。
ローソンを右とか、
ガソリンスタンドを右に曲がって、
川を渡ったら川岸を進んで‥‥っていう
略図を描いて、頭に入れておくの。
で、実際に道を走りながら、
「あ、ガソリンスタンドだ。ここで右だな」
というふうにして、だいたい旅行しているの。
ーー
すごい。
旅行のたびに、地図を手描きで作るんですか。
塩野
そうそう。おおよそ頭に入れないと。
ーー
予習をするわけですね。
塩野
行く前の日までにね。
だいたいこのあたりに何かがあるはずだって、
そういうふうに頭のなかに入れておく。
でもたまに、実際はなかったりするんだ。
「ガソリンスタンドなんて、ないわよ。
 郵便局じゃないの?」って言われて。
「あ、郵便局だったかもしれない」(笑)。
ーー
(笑)
塩野
でも、なんかそういうような
頭のなかにおおよそのイメージを作るためにも、書いてる。
要するにね、たぶん脳の記憶って
そういうふうになってると思うのよ。
ものを書くことと覚えることは
似てる機構になってるんじゃないかと。
ーー
わたしは最近、スマホのカメラで
メモを取ることが増えました。
文字を書いて写すよりも、早いんです。
でも、いつどのタイミングで撮ったかを
忘れてしまうんですよね。
スマホの写真フォルダ内を探すのに
時間がかかったり、出てこないことがあります。
塩野
撮ったら終わりになっちゃうよね。
ーー
手帳に書いたメモのほうが、
あのページの右下あたりに赤い字で書いたなとか、
なんとなくの記憶が残っている気がします。
塩野
ぼくは試験のときも同じだったのよ。
試験の勉強の仕方がわからなかったんで、
学校で書いたノートをきれいに整理してもう1冊作るのが、
試験前の勉強方法だったのよ。
それで、試験問題を解くときには、
7ページ目の左上に3つ書いたうちの1つに
この答えがあるな、って。
ーー
ビジュアルで覚えている感じなのでしょうか。
塩野
そうかもしれない。
だから、何かの話を思い出すときにも
まずノートの映像を思い出して、
その前の日、その前の日‥‥といって、
曖昧だけど、記憶をたどることができるようにしてる。
ーー
頭の中で、ノートをめくって。
塩野
だからこのノートは、
引き出しなんだよ、きっと。
ーー
ああ、引き出し。
すごくイメージがぴったりです。

(つづきます)

第2シーズン

第1シーズン

photos:eric