スタッズ・ターケル『仕事!』とは
1972年に刊行された、スタッズ・ターケルによる
2段組、700ページにも及ぶ大著(邦訳版)。
植木職人、受付嬢、床屋、弁護士、セールスマン、
郵便配達員、溶接工、モデル、洗面所係‥‥。
登場する職種は115種類、
登場する人物は、133人。
この本は、たんなる「職業カタログ」ではない。
無名ではあるが
具体的な「実在の人物」にスポットを当てているため、
どんなに「ありふれた」職業にも
やりがいがあり、誇りがあり、不満があって
そして何より「仕事」とは
「ドラマ」に満ちたものだということがわかる。
「ウェイトレスをやるのって芸術よ。
バレリーナのようにも感じるわ。
たくさんのテーブルや椅子のあいだを
通るんだもの‥‥。
私がいつもやせたままでいるのはそんなせいね。
私流に椅子のあいだを通り抜ける。
誰もできやしないわ。
そよ風のように通り抜けるのよ。
もしフォークを落とすとするでしょ。
それをとるのにも格好があるのよ。
いかにきれいに私がそれをひろうかを
客は見てるわ。
私は舞台の上にいるのよ」
―ドロレス・デイント/ウェイトレス
(『仕事!』p375より)
ピエール・エルメ
日本では、華やかな「マカロン」で
いちやく有名となったピエール・エルメは
創造性あふれる菓子作りに挑戦し続け、
多くのスイーツ・ファンから絶賛を浴びています。
同業のパティシエたちからも尊敬され
独自の「オート・パティスリー(高級菓子)」の
ノウハウ伝授にも意欲を燃やしています。
その才能はファッションはじめ
別の業種からも認められ、
ヴォーグ誌から「パティスリー界のピカソ」と
賞賛されました。
徹底的に素材にこだわり、
精緻な技巧を駆使して創り上げる菓子の数々は
どれも、たいへん美しいもの。
「味覚の喜びだけが唯一の指針」をモットーに、
真に独創的な
『味覚・感性・歓喜の世界』を構築している。
- ──
- こういう日本人って多いんじゃないかと
思うんですが、
ぼくは、ピエール・エルメで
はじめて「マカロン」を知りました。
- エルメ
- それは、うれしいですね。
わたしたちの仕事がきっかけとなって
ひとつのフランス菓子と
めぐりあっていただけたのであれば。
- ──
- それほど「ピエール・エルメ」といえば
マカロンというイメージが
定着していると思うんですが
マカロンって、もともとフランスでは
伝統的で素朴なお菓子だったそうですね。
- エルメ
- ええ。
- ──
- いってみれば「地味目」だったお菓子を
どうして、あのように洗練された、
色とりどりの華やかなお菓子にしようと?
日本で言ったら
「カリントウをファッショナブルに‥‥」
みたいな感じかなとも思うのですが。
- エルメ
- パティシエになるには
ありとあらゆる「お菓子」について
研究しなければなりません。
ケーキ、タルト、アイスクリーム、
チョコレート‥‥。
- ──
- はい。
- エルメ
- そのなかで「マカロン」だけは
新しい試みが、なされていませんでした。
コーヒー味、フランボワーズ味、バニラ、
チョコレート‥‥それくらいで。
- ──
- そうなんですか。
- エルメ
- ですから、マカロンこそ
新たにクリエーションできる余地がある。
そう、思ったんです。
- ──
- 逆に言うと、どうしてマカロンでは
新しい試みが
なされていなかったと思われますか?
- エルメ
- それは、わたしには、わかりません。
でも、歴史を振り返ってみると
今のようなマカロン、
つまり、生地と生地の間に
ガナッシュを挟んだり、
クリームを挟んだり、ジャムを挟んだり‥‥
というスタイルのマカロンは
1950年代の終わりに生まれたものです。
- ──
- わりに最近である、と。
- エルメ
- そして、それまで「マカロン」といえば
「生地を焼いただけのお菓子」
だったので、1950年代に
新しいスタイルのマカロンが生まれても
フレーバーの種類は、
それほど、開発されていませんでした。
そこで、わたしは
ピスタチオやレモン、キャラメル、バラ‥‥
新しい味を、提案していきました。
- ──
- そもそも、昔ながらの伝統的なマカロンって、
フランスの家庭のなかの、
どんな場面で出されるお菓子だったんですか?
- エルメ
- あらゆる場面で。
たぶん、そのことが
成功した理由のひとつだと思うんですが、
マカロンというのは
一口でぱくっと食べやすいし、
あらゆる場面で食されるお菓子でした。
- ──
- 飾り気のないおやつだった、と。
これまで、ピエール・エルメでは
何種類くらいのマカロンを?
- エルメ
- わかりません、あまりにも多いので。
あるときから数えるのをやめました。
お店では、
常時「12種類から15種類」のマカロンを
そろえていますが、
レシピの数で言えば「100以上」です。
- ──
- 100以上!
それほどたくさんのレシピを
次から次へと開発するのは、なぜですか?
飽きられてはいけないという
エルメさんの「危機感」から‥‥ですか?
- エルメ
- そういったことは
わたしは、ほとんど意識していません。
新作を出すのは、
自分が出したいと思うから出すだけですし、
それらはすべて
「自分が食べたいと思ったもの」ですから。
- ──
- 徹底的に「動機は自分のなか」なんですね。
ノルマみたいなものも、ないんですか?
- エルメ
- ありません。
味に納得がいったら出す、それだけです。
ようするに、わたしがやっているのは
「マーケティング」ではなく、
「クリエーション」なんです。
- ──
- では、まったく出ないということも?
- エルメ
- 新作がまったく出ないということは
経験上ありませんが
それは、可能性としてはあります。
納得いかなければ、出せませんから。
- ──
- 新作は、どのようなペースで?
- エルメ
- これも、意識したことはないですが
年間で「30から40」くらいは
新しいレシピが出ていると思います。
- ──
- ピエール・エルメのスウィーツには
わさびのジュレと
苺のジュレを組み合わせたレシピが
ありましたよね?
- エルメ
- ええ。
- ──
- わさびの味というのは、
ぼくは当然、日本人なのでわかってますし、
苺も好きな果物ですけど
そのふたつが合わさったときにどうなるか、
ちょっと想像つかないんです。
- エルメ
- はい。
- ──
- エルメさんは、その「結果」を
頭のなかで、想像できるんですか?
- エルメ
- なかなか説明しにくいんですが、
まずは、直感的にわかるんです。
- ──
- わさびと苺は合う‥‥と?
- エルメ
- そうです。そして、その直感的なひらめきと、
それを放っておかず、
どんなに突飛だと思うようなアイディアでも
試してみようと思う気持ち、
その双方が合わさって「結果」が生まれます。
- ──
- エルメさんの場合、苺の味のほうを
先に、ご存知だったわけですよね。
- エルメ
- はい、もちろん。
- ──
- で、わさびを口にしたときに
「これは、苺と合うかもしれない」‥‥と?
- エルメ
- そのアイディアが、どんな瞬間に浮かんだか、
今でもよく覚えています。
わさびを食べて「あ、これは苺と合うな」
と思ったわけじゃなく、
日本のわさび農家さんのところへ行って
いろいろと説明を受けたとき、
「ほんの少しだけど、
生わさびの先っぽのところは甘いんです」
という発言があったんです。
- ──
- ええ。
- エルメ
- その発言を聞いた瞬間に、
「わさびと苺は合う」と浮かんだんです。
そこは、完全に、直感的なひらめきです。
ですから、よく聞かれることなんですが
どういうプロセスを経て
お菓子のアイディアが生まれるのか、
については、一概には説明ができなくて。
- ──
- そういう直感的で突然の思いつきって
お菓子のことを、
年がら年中ずうっと考えてるからこそ、
訪れるものなんでしょうね。
- エルメ
- そうかもしれませんね。
- ──
- その能力は修練によって獲得できますか?
それとも「天賦の才能」なんでしょうか?
- エルメ
- 天賦の才能だけでは、無理でしょう。
やはり、さまざまな素材の味や食感の記憶、
お菓子をつくるための知識や技術、
そういう「基礎」がきちんとしていなければ
ひらめきは、訪れないでしょうね。
- ──
- なるほど。
- エルメ
- パティシエという職業の「99%」は
修行や訓練で得た技術や
勉強や研究によって得た知識などで
決まってくると思います。
アイディアや才能が意味を持つのは、
残り「1%」ではないでしょうか。
<つづきます>
Photo:荒牧耕司
荒牧耕司(あらまきこうじ)
雑誌、ウェブなど幅広いメディアで活躍する
フォトグラファー。
まるで「人」であるかのように写す静物写真、
著名人やミュージシャンを撮った
静かで力強いポートレイトが、とても印象的。
また、荒牧さんに独特なのが
「彩度の落ちた、浅い色調」に仕上げた写真。
オフィシャルサイトはこちら。
お仕事のオファーは、こちら
2015-04-28-TUE