糸井 |
子どもの頃に
萩本さんをテレビで見ていて、
「欽ちゃんが
チャップリンをたずねていく」
という番組が、あったんです。
だけど、
「この人は、会ったこともない人を
好きになったりする人なのだろうか?」
と、子どもごころに、思っていました。
都合上、
こういう番組ができてはいるけど、
萩本欽一という人は、
「ほんとは、チャップリンのことは
どうでもいいと思っているんじゃないか?」
そういう疑いの目で、見ていたんです。
それだけ、まず、ききたかったんです。 |
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萩本 |
チャップリンのことは……
有名になることで、
「尊敬する人は?」ときかれますけど、
つまり、ぼくはそういうときに、
あわてて「チャップリン」と言ってるんです。
喜劇の世界なら、
バンジュン(伴淳三郎)さんにしようかな、
森繁さんにしようかな、
エノケン(榎本健一)さんは見てないし……
そのとき、チャップリンって言ってんですよね。
で、そう言っていることに、
つらくなってきたんですね。
次の取材では、
「チャップリンの、
どこを尊敬しますか?」
ときかれるようになりますから。
ドキっとしましてね。
会ってもいない人を、
なぜ尊敬するか、ということになる。
チャップリンの映画も、当時は
2本しか見ていなかったもんですから。
尊敬する理由が、見あたらないですよ。
そこにちょっと疑問を持ったもんで、
あれは、
疑問を解くために行った旅なんです。 |
糸井 |
やっぱり、そうなんですか?
実は、子どもごころに、
欽ちゃんを見ていると、
「坂上二郎さんへの、いじめをやめない。
この人は、キチガイみたいな人だなぁ。
……こんなにいじめつづけていいのか?」
そう思ってドキドキしていたんですけど、
そのすさまじい欽ちゃんが、
「チャップリンが好き」
というのは、
合ってないな、と思っていたんです。
萩本さんが
テレビでやっていたことは、ぜんぶ、
「欽ちゃんと組んだら誰でもおもしろい」
「カメラがあって、そこに誰かを置いたら、
その人は、その場にいるだけでおもしろい」
そういう実験に見えていたんです。
「どんな人でも、
つまらない人なんか、ひとりもいない」
というような企画ですよね、
萩本さんがやっていらっしゃる番組は、ぜんぶ。
そういう人が、
喜劇王を尊敬しているということが
「おかしい」と思っていたんですよ。
ぼくは、萩本さんには
一生、近くでお会いする機会はないし
このことを聞くような縁は
ないだろうと思っていたのですが……
今日、うかがえて、うれしかったです。 |
萩本 |
口からでまかせ、というのに、
説明をしないといけなくなったんだけど、
実際にチャップリンに会ったら、
「この人は、ほんものだ」と思いました。
最初は門番に「いない」と言われたんだけど、
たしかにいるはずなので、
「ウソつき!」
と叫んでいたら、
チャップリンが、降りてきてくれて──。
チャップリンに会うという企画については、
フジテレビが、いろいろ、まあ、
駐在員なんかにきいてみたりしたんだけど、
答えとしては、実際に行く前まで、
「行かないほうがいい」となっていました。
そのときで返ってきたのが、
「『ピカソとチャップリンは人に会わない』
という言葉が
ヨーロッパにあるぐらいだから、来るな」
という言葉だったんです。
だけど、そういう言葉が
残っているなら、ぼくはぜひ行きたいと。
そういう言葉があるぐらいなら、
たずねに行く人がいないから、
ぼくが行ったら、久しぶりに来たので
すごいよろこんでくれるだろうなぁって、
その発想で行ってみたら、
ほんとうによろこんでくれて……。
「よく来たね」と。
チャップリンを知ろうと思ったり、
ぼくがチャップリンのことを
語れるようになるのは、それからなんです。 |
糸井 |
やっぱり、
「会う」って、すごいことですよね。 |
萩本 |
ええ。
「今は、人にはあまり会いたくないんだ」
と言っている相手には
時には行ってやらないと、ね? |
糸井 |
そうですよねぇ……。 |
萩本 |
そこでほんとうのことがわかったのは、
チャップリンが人に会いたくないんじゃなくて、
マネージャーが、
彼を人に会わせたくなかったというだけで、ね。
そのことがわかりました。 |
糸井 |
あぁ、今日は、
チャップリンのことをきけて、
ほんとによかった。 |
萩本 |
そのことだけは言われないように、
そっと生きてきたのに、
糸井さん、なんてところを突くの? |
糸井 |
萩本さんが
テレビを変えたという過程は、
ほんとに豊かで、
ぜんぶ納得して聞けるんですけど、その
「チャップリン」だけは気になってたんです。
……はじめにきかないと、
もう、きけなくなっちゃう、と思ったもので。
たしかに、
「尊敬している人は誰ですか?」
って、きかれますよね。
質問にこたえる用の仕事というのが、
やっぱりいっぱいあって……
「忘れられないハリウッド女優」
なんてアンケートがあっても、
ぼくなんかは、「ない」と思うんです。
でも、みんな、こたえるじゃないですか。 |
萩本 |
ええ。 |
糸井 |
そうすると、
答えないといけないような気がするけど、
「つきあいでやっちゃうようなこと」
というのが、
人生を壊しちゃう、と思うんです。 |
萩本 |
あ、半分ぐらい、ぼく、壊してますよー。 |
糸井 |
「あんまりやりたくない仕事だけど、
頼みに来てる人の目がよかったので、
じゃあ、それをやってみようかなぁ」
そういうようなことをやって、
ほんとによかったこととか、
あんまりないような気がするんです。
萩本さんは、そういうところはどうですか? |
萩本 |
いや、ぼくは逆ですね。
したくない仕事しか来ないっていうか。
したくない仕事しか来ないんです。
でも、運は、そこにしかない。
テレビの仕事をやる前、
ぼくには、芸人としての
浅草での、2年半の修業だけが、ありました。
だけど、その芸が、
テレビで生かされることはなかった。
テレビでは、イヤなことばかりさせられた。
テレビで、一度も、
芸をやったことがないですもん。
ぜんぶ「欽ちゃん」ですから。
ドラマに、
お父さんっていう役で出ていて、
ディレクターに、
「これ、何歳ぐらいのお父さんですか?
どういうふうに、しましょうか?」
と言っても、
「ええ、欽ちゃんそのままでおねがいします」
「欽ちゃんそのもの」の役しか来ないんです。
言えませんでしたが、
「俺の修業は、まったく無視されている」
とは、思っていました。
2年半ですが、
一生懸命に芸をおぼえたつもりなんだけど、
それが、身になってない、と言いますか……。
テレビのディレクターが、ぼくに、
素人の番組しか出させないわけです。
『スター誕生』って、素人の番組。
『オールスター家族歌合戦』も素人なわけです。
どの仕事をしても、素人しか来ないわけですよ。
所属事務所に、
「ぼくは、コメディアンとして
ひとりでやるにあたっては、
司会の仕事だけはできないですから、
司会の仕事はぜんぶことわってください」
と言ったら、
司会の仕事しか来ないっていうの。
事務所に仕事を頼みにくると
「できません」とことわっていたのですが、
当時、事務所を通さないで、
ぼくのところに、
ディレクターが直接くるんですね。
「こういう番組、やらない?」
やりたくないんです。不本意なんですよ。
「なんで、ぼくのところに
最初に頼みにきてくれたんですか?」
「いや、他に、芸能人、知らないから。
フジテレビに入ってから、
ずーっとコント55号で来ているから、
誰に頼むっていうと、
身近なところで、ひとりしか知らないんだ」
「じゃ、ぼくがいいからじゃないんだ。
ともだちだから、来ているの?」
「あー、そんなところかな」
そういう話になるから、
「ともだちだったら、
司会のヘタは許すな?」
「どういう司会がいいかわかんないんだ。
でも、やれそうだと思って来てみた」
司会の仕事って、
こんないいかげんなはじまりかたでした。 |
糸井 |
(笑) |
萩本 |
1本だけと言うから、
やってみたら、
ほんとにできなかったんです。
おぼえて、いられなかった。
「さぁ、次のチームは……誰ですか?」
って、きいちゃったんです。
だけど、ディレクターは、おりこうだった。
ぼくがかならずアドリブになっちゃうからと、
隣に、そういうことをぜんぶ言ってくれる、
アシスタントという女性を、いさせてくれた。
司会が進行をしないものだから、
それを訂正する人っていうんで、入れたと。
当時にすると、はじめてです。 |
糸井 |
発明、だったわけですね。 |
萩本 |
「次のチームは、誰でしょう?」
「……はい、なんとかチームです」
だから、ぜんぶ、アドリブでいけたんです。
「さぁ! 次は! ……どうするの?」
そういうと「はい」と続けてくれるから。
その司会は失敗だったし、
ディレクターには、
「ほんとに前に進まないでごめんなさい」
と言ったんだけど……。
「でも、たのしかった。
あたらしい司会がいると、気づいた。
きのうまでは、進行するというのが
司会のすべてだったけど、
『前に進まない司会』は、あたらしい」
ディレクターは、そう言うの。
あたらしいんじゃなくて、「できない」のに。
だけど、「またやって」「やって」と続いて。 |
糸井 |
いいですねぇ、その物語は。 |
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(明日に、つづきます) |