21世紀の「仕事!」論。

24 俳優

第3回 「顔」について。

──
先日、深作欣二監督の『道頓堀川』を観てたら‥‥。
柄本
はい。
──
若き柄本さんが突然、画面に登場してきました。

で、いかにも「据わった」ような怖い目つきで、
綺麗とも恐ろしいとも言える表情で、
真田広之さんに
低い声で「死にてぇのか‥‥あんちゃん」と。
柄本
オカマの三味線弾き、だったかなあ。
──
すごく印象に残るシーンで、
なんども巻き戻して、観てしまいました。

若いころの柄本さんのお顔を
あまり存じ上げなかったこともあるんですが、
「うわあ、すごい顔だ!」と。
柄本
あれは‥‥30ちょっとだった。
──
そこでおうかがいしたいのですが、
柄本さんは
「顔」というものを、
どういうものだと思っていますか?
柄本
顔‥‥ねえ。
──
いや、つまり、たとえば、
名だたる写真家さんが「顔」の写真集を
出版されているのを見ると、
よくわからないけど、
とにかく「顔」って撮りたいものなんだなと
思ったりするんです。
柄本
ああ‥‥荒木(経惟)さんにも、
十文字美信さんにも、撮ってもらってるな。

白鳥先生(写真家の白鳥真太郎さん)にも、
撮ってもらったことがある。
──
曖昧すぎる質問かもしれないんですけど、
「顔」というものについて、
柄本さんが
どう思っているか、お聞かせください。
柄本
顔ね‥‥そうだね。顔‥‥‥‥‥‥ねえ。

(しばらくの沈黙のあと)
残念ながら、無意識ではいられないもの。
──
ああ、なるほど。
柄本
で、あとひとつ言うとすれば
「人から奪われているもの」でもある。
──
奪われている?
柄本
うん、顔って、奪われている。そんな感じ。

たとえば、ジェームズ・ディーンとか、
マリリン・モンローとか、
あれほどの大スターの「顔」ってさ、
大衆によって
「奪われている」みたいな感じがしない?
──
何となく、ニュアンスはわかります。
消費されている、とでもいうような?
柄本
いや、あの‥‥つまりさ、
これは「顔」からちょっと離れるけれども、
「大スター」という存在に対しては、
われわれみたいな大衆は、
彼らの「不幸」に、拍手を贈ってるんだよ。
──
不幸に、拍手を?
柄本
つまり、才能やスター性に対して
拍手を贈ってるわけじゃないってことです。

ジョン・レノンだって誰だって、
自分たち一般人みたいに
平々凡々な幸せな人になったら許さない、
大スターたちの
「凡人には抱えきれない不幸」に対して、
われわれは、拍手を贈ってるんだと思う。
──
はー‥‥。
柄本
それを「才能」って‥‥言葉は綺麗だけどさ、
「大きな不幸」 って言ったほうが
わかりやすい感じがします。

ふつうの人になったら許さないってことで、
もっと不幸になれなれって拍手してんですよ。
 
──
そんなこと思ったこともありませんでしたが、
いや‥‥そうなのかもしれない。
柄本
人間が人間を見るって、
そういうことなんじゃないかなあと思う。

だって、
大きな不幸を背負ってる人が出てくるとさ、
みんな、そっち見ちゃうもんね。
誰だって、私だって、あなただって。ねえ?
──
不幸であればあるほど、拍手が多い‥‥。
柄本
だから、わかんないけど、もしかしたら、
写真の人は、それを撮りたがってるのか?
──
顔に出ている「不幸」を?
柄本
いや、どうだろう。
──
柄本さんは、ご自身のお顔は好きですか?
柄本
そりゃあ‥‥嫌いとも言えないでしょう。
──
たしかに(笑)。
柄本
しょうがないよ、これでもう。
こういうことなんだもんね。しょうがないです。
──
不満はもちろんある、でも嫌いとも言えない。
自分の顔というものにたいしては、
まさに、そんな感じがします。
柄本
好きだって言う必要もないしね‥‥
ただ「嫌いじゃない」でしょう、自分の顔は。
──
みんなの本音に近いと思います、今のは。
柄本
まあ、ねえ‥‥でもさ、話は変わるんだけど、
どうしてみなさん、
「本音で」とかって言うの好きなんだろうね。
──
それは‥‥「本音で」話してもらったほうが、
嬉しいからじゃないですか?
柄本
でもさ、たとえば、
「本当は」とか「本音は」とかって言っても、
そんなもの、
自分のなかでもしょっちゅう変わるじゃない?

本音だって言って嘘つくことも、あるし。
そういうことするのが、人間なわけだし。
──
それは、まあ、そうだと思います。
柄本
たとえば「俺にはおまえだけなんだ」って
言ったとする、あのときに。

それって、そのあとに「今は」って
ちゃんとつけなきゃ「本音」じゃないよね。
──
たしかに、未来はわからないとするならば、
誠実ではないのかもしれませんが。
柄本
何だろう、「本音で話す」って言葉自体が、
どれだけ意味あるんだろうって、昔から。
──
まあ、書く方の「都合」で言うならば
「本音で話していただきました」
と言ったほうが、
みんなに読んでもらいやすかったり‥‥とか。
柄本
ああ、ビジネスってことなら、わかりやすい。
「本音で、いくらほしいんですか?」とか。
──
でも、本音で話す瞬間って、ないですか?

家族とか、親しい友だちとか‥‥
人間だからこそ、あると思うんですけど。
柄本
そのとき、その場の雰囲気に丁度いい気分が、
漂ってるだけじゃないかなと思います。

そこに「普遍的なもの」なんか、
何ひとつとしてないと思ってるけど、私は。
──
あの、柄本さんって、
若い人たちからも、いろいろ、さまざま、
今みたいに、
俳優哲学的なお話を聞かせてほしいと
請われたりもすると思うのですが、
たとえば、そういうとき、
どんなふうにアドバイスしてるんですか?
柄本
私、下北の人間だけど、
そのへんでやってる若い人たちの芝居を
観ていると、
「そんなにテレビ出たい?」
って、聞きたくなったりします。
──
はー‥‥。
柄本
いや、そういう若者の山っ気、下心、
それは当たり前で、
それを持つこと自体は、
ぜんぜん悪いことでもなんでもない。
──
ええ、聖職じゃないですもんね。
柄本
そりゃあそうです、当たり前です。

テレビ出て、金がっぽり稼いで、
いい生活したいっていうのは、
そりゃあ、みんなそうなんだから。
──
おかしな欲望ではないです。
柄本
だから「戦略」が必要なんですかねぇ。
──
戦略‥‥というと?
柄本
たとえば、さっきの「仕込み」ですね。
それはまあ、ひとつですよ。

で、仕込みをするにしたって、
自分は、どういうことでやっていきたいか、
その実現のためには、
どういう「仕込み」をするかが重要で、
それには要るんじゃないんですか。
それなりの「戦略」が。
──
なるほど。
柄本
戦略のない人間なんていません。

そのことについては、若い人たちは、
この先、傷ついたりしながら、
いろんな場面で学んでくんだろうけど、
私なんかが
まあ、言ってみたいことがあるとすればね、
そういうことだよね。
──
自分の欲望を見据えて、戦略を練る。
柄本
はじめのほうの話で
「長く俳優って仕事をやっていて、
 どんなところが上手になりましたか」
って、あなた聞いてたけど、
それ、つまり「人間の欲望」ですよね。

ようするに人間というものの欲望って、
肥大化する一方で、
やればやるほど、
満足できないまま死んでいくわけです。
──
はい。
柄本
だから、死んで、
神さんのところへ行ったときにはじめて、
人間は
自分の「顔」を見るのかもしれないけど、
そのときの「自分の顔」って、
ずいぶん不満な顔をしてるんだろうねえ。

ってまあ‥‥わからないですけど。
<続きます>
2016-03-31-THU
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