──
柄本さんのなかでは、コントのお仕事って、
どういう位置づけですか?
柄本
志村(けん)さんのこと?
──
はい、映画やお芝居のお仕事とは、
ちょっと雰囲気が違うような気がしまして。
柄本
ある意味‥‥いちばん大変な仕事ですよね。
あの「志村けん」という天才と、
いっしょにお仕事をやらせていただくのは、
じつに光栄なことです。
──
ええ。
柄本
じつに光栄であると同時に、いちばん大変。
──
大変といいますと、どういうところが?
柄本
たとえば、私と志村さんとでね、
コントをやらせていただくわけですけど、
ふだんの会話って、ほぼないです。
その日、スタジオへ行ったら、
志村さんは、もう忙しく撮ってますから、
その合間に、
自分の出番が来たら、出て行くわけです。
──
はい。
柄本
それまでに話してることは
「おはようございます」くらいなもので。
ちょっと台本を合わせたいと思ったら、
志村さんの空いてる時間、
めしの時間だとか、
そういう暇そうな時間を見計らって、
志村さんが私の部屋へ来たり、
私が志村さんの部屋へお邪魔したりして、
少しの時間で合わせるんです。
──
へぇー‥‥。
柄本
で、「じゃ、そんな感じで」と言って。
──
それで、芸者のコントみたいな、
ああいうものができるんですか?
柄本
そう。
──
見ていると、
ふだんから親しいんだろうなとばかり、
思っていたのですが。
柄本
そんなことない。ぜんぜん。
──
おもしろい‥‥。
柄本
怖いですよ。
リハーサルなんかもないですし、怖いです。
ああいったものって、
リハーサルなんてやってもしょうがないし。
──
他の仕事とは、違う緊張の仕方をしますか?
柄本
だって、志村さんですから。
まず「志村けん」という人が、他と違う。
だから聞くわけでしょう、あなただって。
──
ええ、そうなんですけど。
柄本
あの「志村けん」という役者、俳優は、
ある意味で、いちばん難しいことを
やり続けているんじゃないんですか。
ああいう仕事を
ずっと続けているの、志村さんだけです。
──
はい。
柄本
命を削る作業でしょう。
人をこう、気分よく笑わせるってのはね。
──
志村さんと一緒にやることになったのは、
どうしてなんですか?
柄本
あるとき呼ばれたんですよ、志村さんに。
もう、ずいぶん昔だけど、
『加トちゃんケンちゃん(ごきげんテレビ)』
の2時間スペシャルかな、
そこへ、はじめて呼んでいただいて。
──
ええ。
柄本
あのときは、
いろんなことやらされたけど、怖かったなぁ。
──
たとえば‥‥。
柄本
私が旅館のお客さんで、
志村さんがマッサージのオバちゃんってね、
そのシチュエーションだけがあって、
こまかい台本なんかは、なんにもなくてね。
私が、旅の客で、夜、寝ようとしてるわけ。
で、電気を消そうとすると
若い女の子が「マッサージでぇす」と来る。
──
はい。
柄本
私が「いやいや、僕、頼んでませんよ」と。
で、また寝ようとしたら、
また、若いピッチピチのかわいい女の子が、
「マッサージでぇす」と言って、来る。
──
ええ。
柄本
また「頼んでませんよ」と追い返すものの、
まあ、自分で電話しちゃうわけよ。
「すみません、マッサージお願いします」
──
はい(笑)。
柄本
すると、若くてかわいい女の子‥‥じゃなく、
ごぞんじ志村さんが
「おばんでやんす」っつってやって来てね、
こうやって揉みながら言うんです。
「お客さん、お仕事ですか? 観光ですか?」
「仕事です」
「ああ、観光ですか」
──
あはは(笑)。
柄本
そっからもう、志村さんがボケまくる。
ただ、それだけ。
あとはもう、どんどん、
どっちへ展開していくのかもわからない。
──
うわぁ‥‥。
柄本
それは、怖いです。恐ろしい。
何か、相手の実力を測るようなものだね、
コントって。
──
それも、ものすごい数の視聴者の前で、
測られるわけですものね‥‥。
柄本
今から思えば、
あのときは本当に何も出来なかったけど、
でも、それから、
ちょくちょく呼んでいただいてます。
──
今でも、怖いですか。
柄本
怖いですね。毎回、緊張してます。
──
ちなみに志村さんが柄本さんを呼んだのは、
どうしてだったんでしょう。
柄本
わかりません。
──
それまで、とくに交流もなく。
柄本
ないです。
──
ある日、突然オファーが来て。
柄本
私の何かを見たんでしょう。
──
びっくりしました。
あのコントが、そんなふうにできてたとは。
話は変わりますが、
今、多くの読者が「柄本明さん」と聞いて、
パッと思い浮かぶことのひとつに、
ふたりの息子さんのことがあると思います。
柄本
はい。
──
奥様も女優さん(角替和枝さん)なので、
お家は俳優さんだらけというような‥‥。
柄本
いや、長女がいて、映画の制作部でね。
だから、まあ、似たようなもんだけど。
──
あ、そうなんですか。
柄本
うちも、みんな映画ファンなんです。
佑(たすく)だって、
だいたい、200本は欠かさないから。
──
年間。すごい。
柄本
下の時生(ときお)も、まあ、観てますよ。
昔は、上のお姉ちゃんが
300本は観てたようだけど、今は仕事でね。
──
息子さんは、ご自身の希望で役者の道に?
柄本
佑の場合は、ガキのころ‥‥中学2年だったかな、
うちのマネージャーが、
オーディションに出したいって言って出して、
『美しい夏キリシマ』って映画に出て、そのまま。
下の時生も、まあ、同じような経緯です。
──
そうなんですね。
柄本
あのとき、おもしろかったのは、
そのころ佑が反抗期で、私が留守をしてる間に、
ちょこちょこっとあったらしいんだけど
はじめて入った映画の現場で矯正されちゃって。
──
へえ、大人たちの間で。
柄本
すっかりいい子になって、帰ってきたんですよ。
つまり、映画の現場って完全なタテ社会だから。
原田芳雄さんとか、香川照之さんとか、
寺島進さんとか、石田えりさんとか‥‥だから。
──
錚々たる俳優さんたちに囲まれて、
まっすぐになって、お帰りになったと。
お仕事の話も、されたりするんですか。
柄本
そりゃ、しないことはないです。
──
息子さんからすると、お父さんに聞きたいこと、
たくさん、あるだろうなと思うんですが。
柄本
まあ、だいたい、わかります。何が言いたいか。
たとえば、こちらが気になったことを
「おまえさあ、この前のアレさ」くらい言えば、
だいたい、言いたいことは、何となく。
──
伝わる。
柄本
うん。それで、「ああ」とか。
──
そこは親子ですね。
柄本
結局、同じ俳優って職業やってるわけだから。
職人親子が、手取り足取り教えないでしょう。
──
では、柄本さんにとって
「理想の俳優」って、どういう俳優ですか?
柄本
(テーブルのコップを指差しながら)
こんなふうになれたらさ‥‥いいんじゃない?
──
コップ。
柄本
(となりのミルクポットを指差しながら)
いい役者だよ、こっちも。
──
つまり‥‥。
柄本
うまいとかヘタとかじゃなく、
間違ってないでしょう、この人たちは。
──
間違ってない?
柄本
その人そのものとして、そこにある、いる。
そういう役者になれたらいいのにって、
思っています。
<終わります>
2016-04-01-FRI