21世紀の「仕事!」論。

23 靴磨き職人

第2回 喫茶店学校。

──
そもそも、なぜ靴磨き職人になったんですか?

それも「16歳で」ということは、
中学校を卒業してすぐ‥‥ってことですよね。
山邊
高校1年生の9月、入学して半年くらいかな、
身体の調子を悪くしてしまったんです。

放送部で楽しくやってたんですけど、
部室で倒れて、救急診療所に担ぎ込まれたり。
──
原因は‥‥いや、差し支えなければ。
山邊
それが、いまいち、わからなかったんです。
いろいろ調べてもらったんですけど、
お医者さんで「原因不明」と言われました。

でも「突発性難聴」という病気を併発して、
左耳がよく聞こえなくなりました。
──
そうなんですか。
山邊
結局、そのことが決め手みたいになって
「ちょっと学校、休もうか」となりました。

そのうち、このままだと
留年するか退学かのどちらかになることが、
明らかになってきたんですね。
──
ええ。
山邊
正直、留年はキツイな‥‥と思いました。

中学校の後輩と同じ教室に通うというのが
何ていうか、ちょっと厳しいなと。
結局、退学しまして
今も通っている通信の高校に入ったんです。
──
なるほど。
山邊
通信制は週に3日くらいしか授業がないし、
しかも、毎週あるとは限らない。
一言で言いますと、すっごいヒマなんです。
──
歳の離れた同級生がいたりとか?
山邊
そうそう、ぼくも、もう62歳くらいの人と
ずっと仲がよくて。
──
そのかたは、なぜそこに?
山邊
ふだんは不動産屋を経営してるんですが
「もう一回、
 高校から勉強をやり直そうと思った」
と、おっしゃってました。

不動産の、土木関係の知識と道具で
完璧な、美しすぎるレポートを出す人で。
──
プロの仕事なわけですね(笑)。
山邊
文化祭のときには
特設のステージをつくろうぜって話になり、
とび職の同級生が、
ズラズラっと30人くらい仲間を集めてきて、
ものの30分で組み上げちゃったり。

クルマ事故っちゃった先生が
板金屋の生徒のところで修理してもらって
「いいよ、先生、まけとくよ」
「すいません」みたいなのとか(笑)。
──
いいなあ(笑)。

世話して、世話されて、みたいな関係性。
そんななかに、山邊さんも、いた。
山邊
喫茶店にも、相変わらず通っていました。

えんえんマスターやお客さんとしゃべって
「おまえ、こんなところにいて大丈夫か」
「通信に行ってるんで」
「そうか、がんばれよ」みたいな感じで。
──
コーヒー飲みながら。
山邊
そう、そうなんです。それで、このあいだ、
「あれ、どうしてあんなに通えたのかな?」
と、ふと思ったんです。

だって、コーヒーだってタダじゃないから。
──
そうですよね。
山邊
そしたら、ぼくのコーヒー代、
そこにいたお客さんが、払ってくれていた。

ぼくは、大人の人が話をしてくれるから
楽しくて楽しくて
学校みたいに思って通っていたけど、
そこで飲ませてもらったコーヒーの代金は
誰かが、払ってくれていた‥‥。
──
そのことに、今になって気づいた。
山邊
もう、「うわあ‥‥」と思いました。
コーヒー代、払ってもらってた‥‥。
──
自分でお金を稼ぐようになって、
そのすごみに気づいたってことですね。

400円、500円だとしても
毎回、誰かが払うって、すごいですよ。
山邊
あのまま家に閉じこもっていたら
みごとに「腐って」いただろうなって
思うんですけど、
喫茶店で、コーヒー飲ませてもらって、
「大丈夫か?」って
大人の人たちの仲間に入れてもらって、
ぼくは、本当に助かったんです。
──
「喫茶店学校」ですね、そこ。
山邊
ほんと、そんな感じでした。
──
お仕事は、いろいろだったんですか?
その人たちの、お仕事は。
山邊
はい、いろいろでした。

保険屋さん、建築士さん、設計士さん‥‥。
喫茶店のマスターは、喫茶店のマスターで。
──
不動産屋さんやとびの職人さんがいる
通信制の学校と、
保険屋さんや建築士さん、設計士さんが集まる、
喫茶店学校と。

ふつうの高校生じゃ、
なかなか体験できない環境ですよね。
山邊
あるとき、喫茶店の人にこう言われたんです。

「わるいけど俺たちは
 誰も、誰かを認めるとか認めないとかいう
 目で見てないから。
 俺たちは、お前の親父じゃないから」って。
──
おお。
山邊
「こいつ、どんなやつなんだろうな。
 おもしれえことするやつだな、
 おう、がんばれよって、それだけだ」って。

「ボクはキミのことを認めるとか、
 そんなこと言うやつは気持ち悪いよ」って。
──
ようするに、当時の山邊さんは
認めてもらわなきゃと、思ってたわけですね。
山邊
はい、やっぱり、学校の先生や同級生たちに
「認められたい」という気持ちが
ぼくのどこかに、あったみたいなんです。
──
「焦り」だって、あっただろうし。
山邊
喫茶店の人たちは、
みなさん本当に大人で、話がおもしろくて、
それぞれ仕事についていて、
何をやっているのかわからないけど
素敵な人とかもいて、
「この人たちみたいになるのには
 どうしたらいいんだろう」
って、そればかり考えるようになって。
──
ええ。
山邊
そしたら、あるときに
「どうも‥‥みんな『仕事』してるな」
ということに気がついたんです。

「仕事すれば、大人かな?」
「何か仕事できないかな?」って。
──
へぇ‥‥そんなふうに思った?
山邊
はい。で、喫茶店の人のなかに
「むかし靴磨きをやっていたおじさん」
がいて‥‥。
──
あ、そこでつながるんですか。
山邊
その人、今は設計士なんですけど。
──
自分から教えてって言ったんですか?
山邊
はい、喫茶店の人みたいになりたくて
何か仕事がしたい、
何ができるだろうって思っていたとき、
長崎駅の前で
靴磨きしている人を見かけたんです。

「靴磨きって、今でもいるんだ」
「あれなら、俺にもできるかも」って。
──
で、喫茶店の設計士さんに、弟子入り?
ものすごい実践的な「学校」ですよね。
山邊
そのときは、気軽に考えていたんです。
「お金ないし、外でやれるし」って。

でも、その靴磨きを教えてくれた人が、
「外をメインにすると
 雨の日に仕事にならなくなるから、
 やめた方がいい」って。
──
さすがのアドバイスですね。具体的。
山邊
ちいさくても、
自分の場所を持ったほうがいいって。

そして「紹介してあげるから」って
言った次の日‥‥というか、
「靴磨き教えてください」と言った、
その次の日に、
もう「場所、見つけてきたぞ!」と。
──
次の日?
山邊
はい(笑)、その人、設計士なので、
自分が内装をやった建物がたくさんあって、
そのなかから
ここを、見つけてきてくれたんです。
──
まだ靴磨きの何かも習わないうちに。
山邊
正直、開業するまでには
1年くらいはかかると思ってたんです。

でも、「店」が先にできちゃったので
ここで、
2回くらい磨きかたの工程を習って、
「基礎はおしまいだから、
 あとは数こなして」と言われました。
──
いきなり、実戦に突入。
山邊
そうなんです(笑)。

はじめはもう、いろいろ失敗続きで‥‥
今も、そこ、
棚の上に靴が一足、置いてありますが、
その靴は、
ぼくが初めて「弁償」した靴なんです。
<つづきます>
2015-12-07-MON
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