21世紀の「仕事!」論。

25 銭湯背景絵師

第3回 俺の性に合ってるんだ。
──
いま、銭湯の料金って、
東京だと
四百何十円くらいだと思うんですが、
丸山さんの若いころは
どれくらいで、入れたんですか?
丸山
50円くらいじゃなかったかなあ。
──
当時の「50円」というと、
何ができたんですかね、たとえば。
丸山
「かけ蕎麦一杯」とか言ってたよ。
──
それじゃあ、現代の物価の感覚とも、
それほど開きはないですね。
丸山
環七の高円寺陸橋ってあるでしょ?

当時、俺のいた会社は
あの根っこあたりにあったんだ。
──
環七と青梅街道が交わるところですね。
丸山
そうそう、
環七って道路は、今だって広いけども、
昔っから、あのまま広かったんだ。

で、その広い道路が草ボウボウでさ、
自動車なんか、
日に2~3台っきゃ通んねぇわけよ。
──
今では、車がビュンビュン通ってるし、
渋滞もしょっちゅう起きてますよね。
丸山
なにせ俺たち、野球やってたんだもん。
環七で。そういう時代。
──
今じゃ考えられないですね(笑)。
丸山
俺がまだ20代のころだから、
50年‥‥いや、60年くらい昔か。

どっちにしたって大昔の話だよ。
──
でも、そう思うと、
前回の東京オリンピックよりもっと前の、
環七で野球ができた時代から
丸山さん、
銭湯に絵を描き続けてこられたんですね。

あらためて、すごいキャリアです。
丸山
そうそう、「三助さん」って、知ってる?
知らねぇか? 最近までいたんだけど。
──
三助さん‥‥というと、どなたですか?
丸山
いや、三助さんっていうのはさ、
背中を流したり、
背中を揉んだりしてくれる仕事の名前で、
昔の銭湯に、いたんだよ。
──
そういうサービスをしてくれる人が。
丸山
うん、いたの。男の人で、三助さんって。
──
その男性って、
お風呂屋さんが雇っている人なんですか。
丸山
そう、で、お客さんが注文するんだよね。

「三助さん、お願いします」って、
入湯料のほかに、いくらかお金を渡して。
──
ちなみにですが、女湯にも、男性が?
丸山
うん、注文が来れば女湯にも入ってたよ。
──
注文‥‥あるんですか? 女湯から。
丸山
あるんだよ、ふつうに。
昔は、大らかだったってことなのかねぇ、
よくわかんねぇけどさ。

ともあれ、三助さんって
そういう仕事をする人だと思ってるから、
みんな気にせず頼んでたんだ。
──
三助さんは、ご指名が入らないときって、
何されてるんですか。
丸山
掃除だの番台だのなんだの、
他の仕事の手伝いをしてたんじゃない?
──
はー‥‥そうなんですか。
見たことないですし、知りませんでした。
丸山
本当に、ついこの間まで、
現役でひとりいたんだけどね、三助さん。

3年‥‥いや、2年くらい前かなあ。
──
そんなに最近まで。
丸山
うん、たしか下町のほうに‥‥一人ね。

けっこうファンがついていたみたいで、
遠くのほうから
背中を流してもらいにくるお客なんかも
あったらしいけど。
もう‥‥いなくなっちゃったんだなあ。
──
何だか、さびしいですね。
銭湯絵師も、3人になってしまったし。
丸山
銭湯の数も、どんどん減ってるもんね。

昭和40年代くらいかなあ、
いちばんいいときで、
都内に2600軒くらいあったらしいけど、
今はもう、600軒くらい。
──
そうなんですか。4分の1以下。
丸山
さらにその3分の1くらいの風呂屋には、
もうないと思うよ、背景画。

ヘタしたら半分くらいないんじゃないかな。
──
そうなんですか。時代とともに。
丸山
背景画の仕事も、今は月に何軒かだしね。
──
昔は日曜以外毎日、描いていたのに。
丸山
でもまあ、俺ももうこの歳だし、
最近もヘルニアやって迷惑かけちゃったし、
仕事の量としては
今くらいがちょうどいいんだけどね。
──
ちなみになんですが、
もうひとりの
現役の銭湯絵師である中島盛夫さんは、
もともと
丸山さんの弟弟子だったそうですけど、
絵柄は、やはり違うものですか。
丸山
ぜんぜん違う。

おんなじお師匠さんから習ったんだけど、
ぜんぜん、違うんだよ。
──
見ればわかります?
丸山
わかる、わかる。
中島の銭湯絵って大胆だから、すごく。

構図から色遣いから、
何でも勢いよくババババッてさ、大胆。
雲なんかもローラーで描いちゃうから、
なにせ早いんだ、仕事が。
──
そうなんですか。
丸山
うん、パレットはチリトリだしね(笑)。

ええっと、あったあった、
この本に載ってるから見比べてみると‥‥
俺の絵が、こんな感じで。
──
ええ。
丸山
で、中島の絵が、こんな感じだな。
──
あ、たしかに! 丸山さんの絵と比べると、
描写とか色彩もハッキリしてます。

中島さんは大胆、丸山さんは繊細というか。
丸山
奴さん、とくに富士山がうまいんだ。
感心しちゃうよ。

で、もう一人早川利光さんって人もいてね。
少し前に亡くなっちゃったんだけど
その人の絵も、またちょっと違うんだよね。
──
あ、本当だ。違いますね。
丸山
早川さんといえば、波しぶきが特徴でさ。
原色を使うから、絵本みたいで。

三人三様なところが、おもしろかったな。
いつだったか3人で集まって、
1、2の3で、絵を描いたこともあるよ。
──
わあ、見てみたかったです。
丸山
何だろう、絵にも性格が出るんだね。
──
お話を聞いていると、丸山さん、
背景画が、本当にお好きなんですね。
丸山
俺ね、本当、好きなんだね。ずっと。
──
お仕事をはじめるとき、
銭湯背景絵師以外の選択肢って‥‥。
丸山
なかった。今、家に帰ったら、
ちっちゃいサイズの絵を描いてるんだけど、
去年、はじめて個展やったら
みんなほしいって買ってくれるんだよ。
──
わぁ、すごいですね。
丸山
ある絵なんか、
8人もほしいって言うから、描いたよ。

おんなじ絵を、8枚も(笑)。
──
そういう作品も、
絵の具じゃなくてペンキ絵なんですか?
丸山
そうだよ。ベニヤにペンキだよ。
──
お風呂場の広い壁に
大きな富士山の絵を描くのとは違って、
ちいさいけれど、1枚1枚、
誰かに売れていくわけじゃないですか。

それって、また別のおもしろさとか‥‥。
丸山
うれしいよ、売れたら。ペンキ絵だけど。

誰かが買ってくれるんだなぁと思ったら、
うれしいもんだよね。
たかが、ペンキ絵といえどもね、それは。
──
いえ、そんな、すごく素敵だと思います。
丸山さんのペンキ絵。

だって、8人もほしいっていうわけだし。
丸山
いやあ、そう思うんだよ、われながらさ。
「はやい話が、ペンキ絵だろう?」って。

値段だって、安いもんだし。
──
いくらくらい、なんですか?
丸山
去年、個展をやらしてもらったときは、
ちっちゃい絵で
13000円から15000円くらい。
大きくたって
20000円とか25000円くらいかなあ。

だから、
ぜんぜん高くない、安い絵なんだけど、
なんか、性に合ってんだよな。
──
ペンキ絵は、丸山さんの性に合ってる。
丸山
そう思うんだ。

叔父さんが銭湯広告の会社やってたから
パッと入っちゃって、
それからずっと1本でやって来たでしょ。
──
ええ。60年以上、も。
丸山
でね、それだけやってても、
仕事が嫌だなんて思わねぇんだもん。

いまだかつて一度も、ないんだよ。
──
それは、本当に性に合ってますよね!
そして、すごく、うらやましいです。
丸山
まあ、好きだってだけだよ。
──
でも、どこか東京の銭湯に入ったら、
今でもまだ
丸山さんの絵、見られるんですもんね。
丸山
いやあ、中島のほうが多いんだ、数はね。
奴さん、あちこち描いてるから。

俺のも、あるにはあるけどさ。
──
今日、丸山さんのお話をうかがっていたら、
久しぶりに行きたくなってきました、銭湯。
丸山
あ、そう? そんなら、うれしいけどね。
<おわります>
撮影協力:鳩の湯(国立市)
2016-08-22-MON
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