- ──
- いま、銭湯の料金って、
東京だと
四百何十円くらいだと思うんですが、
丸山さんの若いころは
どれくらいで、入れたんですか?
- 丸山
- 50円くらいじゃなかったかなあ。
- ──
- 当時の「50円」というと、
何ができたんですかね、たとえば。
- 丸山
- 「かけ蕎麦一杯」とか言ってたよ。
- ──
- それじゃあ、現代の物価の感覚とも、
それほど開きはないですね。
- 丸山
- 環七の高円寺陸橋ってあるでしょ?
当時、俺のいた会社は
あの根っこあたりにあったんだ。
- ──
- 環七と青梅街道が交わるところですね。
- 丸山
- そうそう、
環七って道路は、今だって広いけども、
昔っから、あのまま広かったんだ。
で、その広い道路が草ボウボウでさ、
自動車なんか、
日に2~3台っきゃ通んねぇわけよ。
- ──
- 今では、車がビュンビュン通ってるし、
渋滞もしょっちゅう起きてますよね。
- 丸山
- なにせ俺たち、野球やってたんだもん。
環七で。そういう時代。
- ──
- 今じゃ考えられないですね(笑)。
- 丸山
- 俺がまだ20代のころだから、
50年‥‥いや、60年くらい昔か。
どっちにしたって大昔の話だよ。
- ──
- でも、そう思うと、
前回の東京オリンピックよりもっと前の、
環七で野球ができた時代から
丸山さん、
銭湯に絵を描き続けてこられたんですね。
あらためて、すごいキャリアです。
- 丸山
- そうそう、「三助さん」って、知ってる?
知らねぇか? 最近までいたんだけど。
- ──
- 三助さん‥‥というと、どなたですか?
- 丸山
- いや、三助さんっていうのはさ、
背中を流したり、
背中を揉んだりしてくれる仕事の名前で、
昔の銭湯に、いたんだよ。
- ──
- そういうサービスをしてくれる人が。
- 丸山
- うん、いたの。男の人で、三助さんって。
- ──
- その男性って、
お風呂屋さんが雇っている人なんですか。
- 丸山
- そう、で、お客さんが注文するんだよね。
「三助さん、お願いします」って、
入湯料のほかに、いくらかお金を渡して。
- ──
- ちなみにですが、女湯にも、男性が?
- 丸山
- うん、注文が来れば女湯にも入ってたよ。
- ──
- 注文‥‥あるんですか? 女湯から。
- 丸山
- あるんだよ、ふつうに。
昔は、大らかだったってことなのかねぇ、
よくわかんねぇけどさ。
ともあれ、三助さんって
そういう仕事をする人だと思ってるから、
みんな気にせず頼んでたんだ。
- ──
- 三助さんは、ご指名が入らないときって、
何されてるんですか。
- 丸山
- 掃除だの番台だのなんだの、
他の仕事の手伝いをしてたんじゃない?
- ──
- はー‥‥そうなんですか。
見たことないですし、知りませんでした。
- 丸山
- 本当に、ついこの間まで、
現役でひとりいたんだけどね、三助さん。
3年‥‥いや、2年くらい前かなあ。
- ──
- そんなに最近まで。
- 丸山
- うん、たしか下町のほうに‥‥一人ね。
けっこうファンがついていたみたいで、
遠くのほうから
背中を流してもらいにくるお客なんかも
あったらしいけど。
もう‥‥いなくなっちゃったんだなあ。
- ──
- 何だか、さびしいですね。
銭湯絵師も、3人になってしまったし。
- 丸山
- 銭湯の数も、どんどん減ってるもんね。
昭和40年代くらいかなあ、
いちばんいいときで、
都内に2600軒くらいあったらしいけど、
今はもう、600軒くらい。
- ──
- そうなんですか。4分の1以下。
- 丸山
- さらにその3分の1くらいの風呂屋には、
もうないと思うよ、背景画。
ヘタしたら半分くらいないんじゃないかな。
- ──
- そうなんですか。時代とともに。
- 丸山
- 背景画の仕事も、今は月に何軒かだしね。
- ──
- 昔は日曜以外毎日、描いていたのに。
- 丸山
- でもまあ、俺ももうこの歳だし、
最近もヘルニアやって迷惑かけちゃったし、
仕事の量としては
今くらいがちょうどいいんだけどね。
- ──
- ちなみになんですが、
もうひとりの
現役の銭湯絵師である中島盛夫さんは、
もともと
丸山さんの弟弟子だったそうですけど、
絵柄は、やはり違うものですか。
- 丸山
- ぜんぜん違う。
おんなじお師匠さんから習ったんだけど、
ぜんぜん、違うんだよ。
- ──
- 見ればわかります?
- 丸山
- わかる、わかる。
中島の銭湯絵って大胆だから、すごく。
構図から色遣いから、
何でも勢いよくババババッてさ、大胆。
雲なんかもローラーで描いちゃうから、
なにせ早いんだ、仕事が。
- ──
- そうなんですか。
- 丸山
- うん、パレットはチリトリだしね(笑)。
ええっと、あったあった、
この本に載ってるから見比べてみると‥‥
俺の絵が、こんな感じで。
- ──
- ええ。
- 丸山
- で、中島の絵が、こんな感じだな。
- ──
- あ、たしかに! 丸山さんの絵と比べると、
描写とか色彩もハッキリしてます。
中島さんは大胆、丸山さんは繊細というか。
- 丸山
- 奴さん、とくに富士山がうまいんだ。
感心しちゃうよ。
で、もう一人早川利光さんって人もいてね。
少し前に亡くなっちゃったんだけど
その人の絵も、またちょっと違うんだよね。
- ──
- あ、本当だ。違いますね。
- 丸山
- 早川さんといえば、波しぶきが特徴でさ。
原色を使うから、絵本みたいで。
三人三様なところが、おもしろかったな。
いつだったか3人で集まって、
1、2の3で、絵を描いたこともあるよ。
- ──
- わあ、見てみたかったです。
- 丸山
- 何だろう、絵にも性格が出るんだね。
- ──
- お話を聞いていると、丸山さん、
背景画が、本当にお好きなんですね。
- 丸山
- 俺ね、本当、好きなんだね。ずっと。
- ──
- お仕事をはじめるとき、
銭湯背景絵師以外の選択肢って‥‥。
- 丸山
- なかった。今、家に帰ったら、
ちっちゃいサイズの絵を描いてるんだけど、
去年、はじめて個展やったら
みんなほしいって買ってくれるんだよ。
- ──
- わぁ、すごいですね。
- 丸山
- ある絵なんか、
8人もほしいって言うから、描いたよ。
おんなじ絵を、8枚も(笑)。
- ──
- そういう作品も、
絵の具じゃなくてペンキ絵なんですか?
- 丸山
- そうだよ。ベニヤにペンキだよ。
- ──
- お風呂場の広い壁に
大きな富士山の絵を描くのとは違って、
ちいさいけれど、1枚1枚、
誰かに売れていくわけじゃないですか。
それって、また別のおもしろさとか‥‥。
- 丸山
- うれしいよ、売れたら。ペンキ絵だけど。
誰かが買ってくれるんだなぁと思ったら、
うれしいもんだよね。
たかが、ペンキ絵といえどもね、それは。
- ──
- いえ、そんな、すごく素敵だと思います。
丸山さんのペンキ絵。
だって、8人もほしいっていうわけだし。
- 丸山
- いやあ、そう思うんだよ、われながらさ。
「はやい話が、ペンキ絵だろう?」って。
値段だって、安いもんだし。
- ──
- いくらくらい、なんですか?
- 丸山
- 去年、個展をやらしてもらったときは、
ちっちゃい絵で
13000円から15000円くらい。
大きくたって
20000円とか25000円くらいかなあ。
だから、
ぜんぜん高くない、安い絵なんだけど、
なんか、性に合ってんだよな。
- ──
- ペンキ絵は、丸山さんの性に合ってる。
- 丸山
- そう思うんだ。
叔父さんが銭湯広告の会社やってたから
パッと入っちゃって、
それからずっと1本でやって来たでしょ。
- ──
- ええ。60年以上、も。
- 丸山
- でね、それだけやってても、
仕事が嫌だなんて思わねぇんだもん。
いまだかつて一度も、ないんだよ。
- ──
- それは、本当に性に合ってますよね!
そして、すごく、うらやましいです。
- 丸山
- まあ、好きだってだけだよ。
- ──
- でも、どこか東京の銭湯に入ったら、
今でもまだ
丸山さんの絵、見られるんですもんね。
- 丸山
- いやあ、中島のほうが多いんだ、数はね。
奴さん、あちこち描いてるから。
俺のも、あるにはあるけどさ。
- ──
- 今日、丸山さんのお話をうかがっていたら、
久しぶりに行きたくなってきました、銭湯。
- 丸山
- あ、そう? そんなら、うれしいけどね。
<おわります>
撮影協力:鳩の湯(国立市)
2016-08-22-MON