21世紀の「仕事!」論。

23 靴磨き職人

第4回 ぜいたくな仕事。

──
山邊さんのお父さんとお母さんは、
仕事については、どう思ってるんですか?
山邊
見守ってくれてるって感じです。
──
ようすを見に来たりとか、するんですか?
山邊
お店の前まで来たことは、あります。
でも、上がってきたことはないです。

※等々靴磨店は建物の2階にあります。
──
そうなんですか。
山邊さんの場所だと思ってるのかな。
山邊
父親が「いっしょに帰るか」って
仕事終わりに
車で迎えに来てくれたりすることあっても
上がってきたことは、ないです。
──
あえて、そうしてるんですかね。
山邊
たぶん、そうじゃないかと思います。

お店を出したいって言ったときも、
少しは反対したかったと思うんですが、
父も母も、何も言わなかったです。
──
どうやって伝えたんですか、はじめ。
山邊
「ぼく、お店を持とうかなと思ってる」
と言ったら
たしか「はあ?」みたいな感じでした。

「店って何の?」って聞いてくるから、
「靴磨き。技術は教えてもらえるし、
 店の場所も見つけてくれるんだって」
と言ったら、「うーん」って。
──
どういうニュアンスの「うーん」?
山邊
ダメとは言わなかったけど、
まあ、きっとできないだろうなって
思ってたんだと思います。

でも、もうすぐ開店という日の夜に、
台所で母親に「おやすみ」って言ったら
「恵介、昔から
 お店やりたいって言ってたもんね」
とだけ、言われたんです。
──
ええ。
山邊
そのことが、ぼく、ずっと忘れられなくて。
「ああ、心配かけてるな」って思いました。
──
だって、このあいだまで中学生だった
16歳の我が子が
お店を出すなんて‥‥ハラハラですよ。
山邊
父も母も、いつもニコニコしているので、
「この人たちが
 真顔になるのって、どんなときだろう」
と、想像したことがあるんです。

そうしたら
「ああ、俺がいないときは
 ずっと真顔だろうな」と思ったんです。
──
夜の歓楽街に「汚れた靴、ないですか」って
御用聞きに行ったりもする
我が子のことを思ったら、そうなりますよね。
山邊
最近、うれしかったことがあって。
──
何ですか?
山邊
去年、ぼくの小中学校の同級生たちが
就職する歳だったので、
彼らの靴を、磨かせてもらったんです。
──
へえ、友だちの?
山邊
はい、友だちの。

ぼくはずっと、まあ、勝手になんですけど、
同級生に「負い目」があったんです。
みんなから
だいぶ遅れをとってしまっていましたから。
──
ああ‥‥。
山邊
大多数の友だちが歩む道から、外れちゃった。

友だちは「山邊、山邊」って
どこかで会うと声をかけてくれるんですけど、
うれしい半面、何というか‥‥
みんなの、
あの「照り返してくるくらいのまともさ」は
自分にはないものだなって。
──
友だちとは、よく会ってたんですか?
山邊
いや、ほとんど会ってなかったです。
──
友だちの靴を磨いたら、
どうして、うれしかったんですか?
山邊
やっと同じラインに立てたという感じが
したんです。

「ぼくだけ、ぜんぜん違う道を選んだ」
という感じが、同級生にもあっただろうし、
ぼく自身にもありました。
でも、みんなの靴を磨かせてもらったら
そういうわだかまりがスッと消えて、
また「つながった」感じが、したんです。
──
仕事をするって、
たぶん、そういうことかもしれないですね。
周囲の人と交わって、つながって、関わる。
山邊
はい、そうなんだと思いました。

みんなはそう思ってなかったとしても、
ぼくは、どこかで、みんなに
迷惑をかけているような気がしていました。
学校を中退したりとか、
心配かけてしまったかもしれないって。
──
ええ。
山邊
でも、みんなローファーを持ってきてくれて
「こんど就職試験で東京に行くんだ」
って言って、「これ、磨いてくれよ」って。

ちょっと恥ずかしかったですけど
「そうか、わかった」って言って磨いたら
「うわー、ほんとにきれいになった。
 すげぇ、ピッカピカじゃん」って(笑)。
──
うれしい反応ですね(笑)。
山邊
はい。本当に、うれしくなりました。
だって、同級生にほめてもらえたんです。
──
山邊さんは、
ひとりだけちがう道を選んだだろうけど、
でも、自分で稼いですごいって
みんな純粋に思ったんじゃないですかね。
山邊
誰から言われるより、うれしかったです。

でも、ぼくも、同級生のことを
「おまえら、えらいよ」って思ってるんです。
ぼくはやめちゃったけど
3年間やめずに、きちんと卒業したんだから。
──
おたがいに「おまえ、すごいな」と(笑)。
山邊
で、おたがいに「そんなことないよ」って。
この関係性はいいなあと思いました。

「もっとはやく、こうなれたらよかったな」
って、そんなふうにも思いました。
──
でも、山邊さんが「腐る」ことなく、
靴磨き職人になって、
お店が赤字でも、なんとかがんばって
ここまで続けてきたから
思えたことなのかもしれないですね。
山邊
はい、まだまだ十分じゃないけど、
みんなの靴をきれいにしてやれるちからが
少しは、ついてきたとも思うので。
──
ふるい写真集とか、モノクロ映画を見ると
黒い靴が白っぽかったりしますよね。

道路が舗装されてないから
土埃がついてたんだろうと思うんですけど、
そう考えると、
靴って、なかなか不思議な感じがして。
山邊
え、どういう意味ですか。
──
うまく言えないんですけど、
欧米の人なんか
履いたまんまでベッドに寝転んじゃうほど
靴って身体に近い存在だし、
「おしゃれは足元から」とも言いますよね。

でも、そのわりには、
ものすごく汚れてしまうものでもあって。
山邊
うん、うん。
──
すごく汚れていても身近に感じるのは
なぜなんだろう、とか。
だからこそ
新しい靴をおろしたときの「うれしさ」が
格別なのかなあ、とか。
山邊
ああ、なるほど。

磨く側としては、磨いたときにも
おろしたときみたいな「うれしい」感覚が、
あったらいいなあと思っています。
──
あ、ありましたよ。

新しい靴をおろしたときとはちがうけど、
でも、すごくうれしい感。
山邊
ほんとですか。それなら、ぼくもうれしい。

革靴って、買ったときの値段にかかわらず、
磨きに来てくれるんですよ。
──
ああ、安くても、革靴なら。
山邊
2万円する高級なレザースニーカーは
磨きに出さなくても、
2000円の革靴は、持ってきてくださる。

靴って、そんなところが不思議です。
──
仕事で履いている場合はとくに
「道具」って感じがするんですかね。
山邊
そう、道具なら磨かなきゃ‥‥って。
──
靴磨きのおもしろさって、どこにありますか?
山邊
いちばん、ぜいたくな部分を
やらせてもらってるなって感じがします。
──
ぜいたく。
山邊
汚れていて、カビの生えてしまった靴が、
ぼくの目の前で、
どんどん、きれいになっていきます。

見た目にはわからないけど、
カビの根を日光で焼いてから水で洗って、
栄養のクリームを塗ると、
その時点でもう、少しだけピカッと光るんです。
──
まだ磨く前なのに。
山邊
そう、で、その瞬間の輝きって
ぼくだけしか、見ることができないです。

そういう意味で「ぜいたくだなあ」って、
最近は思うようになりました。
──
まったく同じ感想を
絵描きの人に聞いたことがありますよ。

紙に水彩絵の具を載せた瞬間、
ものすごくキラキラ輝くそうなんですが、
それは、自分だけのものだって。
山邊
ああ、同じような感覚かもしれないです。
靴磨きの場合は、
いつも、靴が「答え」をくれるんです。

「こうですか?」
「そうです」
「そうですか。よかった!」
「こうですか?」
「いや、ちょっとちがいますね」って、
そうやってぼくは
いつも靴を磨いているんだと思います。
──
靴とやり取りしながら。
山邊
で、そうやってきれいに磨いた靴は、
ぼくの手元には、残らない。

持ち主のところへ帰っていくんですが、
でも、そういうことの全体が、
ものすごく
ぜいたくなことだよなあって思います。
<おわります>
2015-12-09-WED
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