ほぼ日の学校長だよりNo.10
「六本木の寅さん」
20歳の頃、デパ地下の食品売場で、天津甘栗の実演販売をしたことがあります。友人の実家の和菓子屋がそこにテナントとして入っていて、なぜか天津甘栗を扱っていたのです。暮れの繁忙期にアルバイトとして入り、結局新年の初売りを含めて10日間ほど働きました。それを2年連続でやりました。デパ地下という言葉がまだ生まれていない、40年以上昔の話です。
アルバイトとはいえ、作るところから売るところまで、すべて一人でやりました。まず栗を専用釜で約40分、高温に熱した黒い小石とかき混ぜながら、ゆっくりと、まんべんなく熱を通して炒っていきます。
この時、ザラメ糖をまぶし(水飴をかけるやり方もあるようですが)、栗と小石の表面に粘り気を加えて、両者がうまく混ざるように按配します。ザラメでコーティングされた栗は、熱されてはじけにくくなるとともに、皮のつややかな光沢が見た目のおいしさを引き立てます。
時々ザラメを加えて温度調節しながら、焼きムラが出ないように注意を払います。
と、ついつい夢中になって書いてしまうのは、この仕事がとてもおもしろかったからなのです。まわりの人たちが親切だったこともありますが、それなりの技術が要求されたこと。プラス、お客さんの流れや時間帯を見はからい、当時300円、500円、700円の3種類に分かれていた袋のどれを多めに用意したらいいか、状況判断が必要です。そして最後は、通りがかるお客さんの注意を引き、手に取ってもらい、買ってもらうという大仕事。それを一日に何回転か繰り返します。
やり始めると、おもしろいのです。自慢めきますが、かなりの実績を上げました。作り手として腕を磨き、ガンガン売りました。当時ダントツの一日17万円の売上を達成して、社長さん(友人の親父さんですが)からボーナスをもらいました。
なので、「生活のたのしみ展」で「河野書店」の企画が決まった時、心のなかで思わず、ガッツ・ポーズをしていました。天津甘栗again! 今度は六本木ヒルズが晴れの舞台です。
そして、いろいろなお客さまをお迎えしました。初日はいきなり「けさの『学校長だより』を読んで来ました』というお客さま。幸先の良いスタートでした。メルマガを「いつも読んでますよ」「楽しみにしてますよ」と声をかけてくださる方がたくさんでした。「考える人」時代からずっとメルマガを読んでいます、という方も多くて感激しました。
1月からの「ほぼ日の学校」の受講生に当選した人。1次募集では落選したので、2次に再チャレンジしますという人。12月22日のイベント「ごくごくのむ古典」に参加予定の人……皆さん声をかけてくれました。
地方からいらした人が意外に多いことも驚きでした。大阪、岡山、福岡、新潟、茨城、京都……。かと思えば、「ほぼ日(ひ)」「ほぼ日(び)」ってナンのことですか? と尋ねる人や、「河野書店はふだん、どちらでお店をやっておられるのでしょう?」とお訊きになる方もありました。こういういろいろな混ざり具合が、愉快でした。
試みとして当たったのは、「古本X(エックス)」の企画です。「すごく売れると思いますよ」という前評判は聞いていましたが、ここまでの大ヒットになるとは予想外でした。
包装されているので中身はわかりません。包装紙に貼られたカードのひと言を手がかりに「おみくじ」のように選んでもらいます。単行本は300円、新書・文庫は100円という「おたのしみ」の古本市。
じゅうぶん用意していたはずのストックが、初日でほとんど捌(は)けました。やむなく私たちの本棚から少しずつ持ち出して、毎朝こつこつ補充しました。「古本X」を楽しみに「目的買い」に来る人も結構いて、昼にはたいてい品切れでした。
ちょっとしたドラマもありました。メモ書きの言葉に思いがこみ上げ、涙ぐんで本をお持ち帰りになったお客さん。最終日に、「読んですごく良かったわ」とわざわざ感想を伝えに来てくれました。
店番を一緒にやったが、11月18日の「ただいま製作中!」で、「『古本X(エックス)』が引き起こしたこと」の最初に紹介しているケースです。
同じく、“奇跡”のような偶然も起きました。草生(くさおい)の文章を引用します。
<朝、が、
連日品切れしてしまう「古本X」の補充のために、
自宅の本棚から一冊の本をもってきました。
ちょっと癖のある本です。
とても良い本で河野が大事にしてきたものでした。
でも、読者を選ぶなあと思いながら、
メモにヒントを添えて店頭に出しました。
すると、ある女性がすぐに手にされたのです。
「あ、この方なら楽しんでいただけるかも」
と思ってお見送りしたら、
お会計のあと戻ってこられて、
「これ、持っている本でした。大好きな一冊です。
重なっちゃったけど、いい本だから妹にあげます」
とおっしゃってお持ち帰りになりました。
ところがまたまたご来店になり、
「電話で聞いたら妹も持っていました!」。
何とはいいませんが、一風変わった本です。
それを姉妹でお持ちだったとは!
河野店長もびっくり!>
どういう本かとヒントを言えば、2012年、2015年のNHK紅白歌合戦で「ヨイトマケの唄」を熱唱して、多くの日本人の感動を呼んだ“あの方”の自伝的な1冊です。
そんなこんな、一日じゅう、いろいろなお客さんと話をしました。前回(No.9)のメルマガの最後に紹介した「19歳の本棚。」を「喉を鳴らしてゴクゴク読んだ」というご本人も現われました。No.1で紹介した京都の染織「都機(つき)工房」の方たちとも、ちょうど1年ぶりの再会です。
「ほぼ日の読書会」第1回で取り上げた『うらおもて人生録』(色川武大)を読んで、「こんな本があるのかと、衝撃を受けた」と読後感を言いに来た方もありました。
「無人島に持っていく1冊」の質問を受けたのも愉快です。「学校長だより」No.8をお読みくださいと案内したのは、言うまでもありません。
その他、「来年就活なので」とか、「30代半ばで何か転機を見つけたいので」とか、「子育て中で時間がなくて」とか、いろいろ読書相談を受けました。本という仲立ちがあればこそ、むしろ率直な話がしやすくて、とても楽しいひと時でした。
今回の「生活のたのしみ展」全体を、俯瞰的に述べる自信はありませんが、糸井さんが「今日のダーリン」で書いていたように「(自分たちも含めた)みんなにいい時間をプレゼントしましょう。」という気持が、会場全体に5日間ずっと持続していたことは間違いないと思います。
前日の搬入から終了後の撤収作業まで目がまわるような忙しさでしたが、誰もがにこやかに、人に気を配り、助け合いながら、身体を動かしている様子は爽やかでした。
さまざまなイベントに立ち会ってきましたが、たいていは誰か仕切り屋がピリピリしたり、キーキー怒鳴ったり、時には舞い上がって、チームワークも何もあったもんじゃない、といういやーな空気が流れるものです。その対極があるとすれば、まさに今回私が初めて体験した、この「生活のたのしみ展」がそれだと思います。
全員参加の手づくり感と、「みんなにいい時間をプレゼントしよう。」という思いが一体になって、59というお店が演じる群像劇のように、ひとつの大きな舞台を盛り立てました。
それぞれのブースが寄り合い所帯ではなくて、お互いに親しみを抱き、敬意を払いながら、一堂に会している幸福感がありました。一つひとつのブースが「個」ではあるが「孤」ではなく、お祭りの仲間意識をもってつながっている、わくわくと心の浮き立つ感じがすてきでした。
ここに参加し、同じ空気を吸っていただけでも、5日間の忘れがたい体験です。そして、「古本X」のみならず、他の本も(甘栗のように)よく売れました。
「19歳の本棚。」で早々と売り切れたのが、古今亭志ん生『びんぼう自慢』(ちくま文庫)だったというのも洒落ています。「生活のたのしみ展」で『びんぼう自慢』が売り切れたなんて、志ん生師匠もびっくりのオチでしょう。
知人や友人、乗組員の家族などが、まるで学校か隣近所の催事のように、カジュアルに出向いて来たのも、こういうお祭りならではの良さでしょう。私の友人が、命の次に大切な日曜競馬の実況中継を録画予約にして、最終日に駆けつけてくれたのもそんな感じです(冒頭に書いた甘栗売りのアルバイトは、彼の実家の手伝いでした)。
この男が、次のようなメールをその夜のうちに、誰彼に送っていたことを知りました。
<私は……マイルCSの実況は見ないで、
六本木ヒルズ・アリーナの「ほぼ日」
「生活のたのしみ展」に行き、
爆買いはできませんでしたが、
河野書店で本を数冊買いました。
店主の河野通和さんが「ほぼ日」つなぎ服を着て
露天商をしていました。
柴又の車寅次郎が進化し、六本木の
ハイ・カルチャーの世界に蘇っていました。
でも、失礼ながら、帽子がなく、
光る大きな額が木枯らしで寒そうでした>
一日外に立っていると、午後から次第に冷え込んだことは事実です。
とはいえ、寅さんのテキヤハットは学校長には不似合いです。「河野書店」に次回があるなら、その時までの検討課題といたしましょう。
2017年11月22日
ほぼ日の学校長