2018年1月、
ほぼ日の学校が始動しました。

これからいったい、
どういう学校に育っていくのか。

そのプロセスの出来事や、
学校にこめる思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.33

「究極の『純愛』物語」

 向井万起男さんて、知ってますよね?」と、何人かの人に尋ねてみました。全員が「あのヒトのご主人でしょ、あの‥…」とにっこり笑い、手で髪型を示します。そう、あの宇宙飛行士・向井千秋さんのダンナさまです。

 何より、人気漫画『宇宙兄弟』(小山宙哉、講談社「モーニングKC」)に登場するJAXA(ジャクサ:宇宙航空研究開発機構)の茄子田(なすだ)シゲオ理事長! おかっぱ頭に濃い眉、ひげ。向井さんそっくりのあの顔が、まず目に浮かんでくるというのです。

 シェイクスピア講座」9回目の講師です!

 私が初めてお会いしたのは、奥さまのことを綴った『君について行こう――女房は宇宙をめざす』(講談社+a文庫)が話題になり、1994年7月(米スペースシャトル・コロンビア号)に続き、1998年10月に千秋さんが2度目の宇宙飛行(スペースシャトル・ディスカバリー号)でのミッションを終えた直後でした。

 女房が宇宙を飛んだ』(講談社)という本が刊行され、これにいたく感激した瀬戸内寂聴さんに焚きつけられ、私が当時編集長をしていた女性誌で、「内助の功」の夫を讃える賞を創設しました。その第1回に選ばれたのが、向井万起男さんです。いや、向井さんのために創った賞だといっても過言ではありません。

 授賞式に現れた向井さんに、初対面の瀬戸内さんがいきなり何を尋ねたか? これは、いまや向井さんの“鉄板ネタ”のひとつです。ですが、これは内緒にしておきましょう‥‥。

 本職は病理専門医で、慶應義塾大学病院に2013年3月末まで勤務しました。米メジャーリーグ通の野球ファン、海外ミステリー・映画がたまらなく好きなエッセイストとしても活躍中です。私の雑誌にも「読書日記」の連載などをしていただきました。

 しかし、その人がなぜシェイクスピアの講義を? というわけですが、実は私自身、約1年前までは想像もしないことだったのです。

 昨年4月、向井さんと対談形式のトーク・イベントをやりました。まぁお気軽な話をというものだったのですが、その中で向井さんが「わが人生最高の本」として、深沢七郎の『楢山節考』(新潮文庫)を“断トツの1位”に挙げました。「明治以降の日本の小説のなかで最高傑作だと思う」と断言したのです。意外でした。

 私もこの作品は思い出ぶかく、話は大いに弾みました。向井さんの発言を思い出すと、およそこんな内容でした。

「若い時は、時間は永遠で、人生は無限に続くように思いがちだけど、そんなわけはない。この小説は貧しい山村の“棄老”伝説を描いたものだけれど、親を捨てに行くという重いテーマにもかかわらず、文体は乾いていて、ハードボイルド。安っぽいセンチメンタリズムとは無縁です。大好きですね。『人は誰でも死ぬ』という冷厳な事実を若いときに知る、突きつけられるというのは、とても大切なことではないでしょうか」

 こういう趣旨だったと記憶しています。向井さんと『楢山節考』――。「死」に向き合う医師としての職業意識、倫理の一端を垣間見る思いがして、厳粛な気持ちに打たれたのです。

 それからほどなくして、向井さんが昼食に招いてくれました。当然、『楢山節考』の話もしましたが、どうした弾みか、そこで向井さんから聞いたのが、「実はオレ、まだ誰にも言ってないんだけど、学生時代はシェイクスピアの芝居を演じてたの。笑うでしょ。ほんとうなのよ、マジ」という言葉でした。

 びっくりでした。そして「シェイクスピアの4大悲劇のなかでも、一番好きなのは『オセロー』。いろんな訳が出ているけれど、福田恆存訳(新潮文庫)がしっくりくる。これを是非やりたかった!」というのです。

「向井さんは俳優、なんですよね?」

「そうよ」

「どの役をやるつもりだったんですか?」

「オセロー!」

「えッ。オセローなんですか?」

「演劇部に入ってから、いつかオセローを演じたいって思ってたんだけど、シェイクスピア劇っていろいろタイヘンでしょ、大掛かりになるし。それと、デズデモーナを演じる女優がいなかった(笑)」

「はァ」

「いまや病院の仕事もなくなって、時間の余裕もできた。これから少しシェイクスピアを読み直すかと」

 昼時の東京ステーションホテルで、およそこんなシェイクスピア談義に花が咲いたのです。向井さんとシェイクスピア、しかも『オセロー』。予想もしない組合せでした。

 先のトーク・イベントが4月7日。お昼をご一緒したのが4月13日。そしてこのランチを終えた私は、その足で「ほぼ日」のオフィスに出向き、翌14日の入社の手続きをしました。

 それから、糸井さん、私と時期を同じくして「ほぼ日」サイエンス・フェローに就任した早野龍五さんと、ぶっつけの座談会「『ほぼ日』のアートとサイエンスとライフ。」を午後3時からやりました。

 いま考えるとすごい流れです。今後の「ほぼ日」の話をそこで語り合い、やがて「ほぼ日の学校」の構想が具体化し、スタートはシェイクスピアから、という展開になっていくのです。

 となれば、向井さんをここに呼んでみてはどうか、と思わないほうが不自然です。世間的にはややアクロバットというか、“宇宙遊泳”かと思われようとも、迷わずご登場いただきたいと願いました。

 話を聞いた向井さんは、最初驚いたふうではありましたが、「シェイクスピア講座」が始まるやほぼ毎回出席してくださり、木村龍之介さん、河合祥一郎さん、松岡和子さん、串田和美さんら、いままさにシェイクスピア劇と格闘している人たちの熱気あふれる講義に接し、徐々に充電しているように感じられました。

 福田恆存訳がベスト、とおっしゃいましたが、松岡和子訳を初めて読んで、また違う感想も抱いたようです。「まるで別の作品だね」と。

 そんなこんな、こちらの期待は高まる一方なのですが、なかなか手の内を明かしてはくれません。「本番まで秘密」と言って、授業の概要は謎のまま――。

 気がかりな点がなきにしもあらずでしたが、一昨日の講義は大好評でした。前半で「専門家じゃないから与太話」と言いながら“万起男ワールド”の流れをつくり、後半はこれまで一度も聞いたことがない、ユニークで刺激的な『オセロー』論でした。

 そして当初は、「悲願」のオセローを実際に演じたい、と豪語していた向井さんですが、最終的にはシアターカンパニー・カクシンハンの岩崎MARK雄大さんの力を借りて、オセロー最期の独白を“演出”します。岩崎さんが期待に応えます。

 楢山節考』を「人生永遠の書」と評して絶賛したのは、発表当時(1956年)、もっとも点が辛い批評家といわれた正宗白鳥です。「死」の叙事詩を淡々と描いたこの小説を、向井さんは近代日本文学の最高傑作と呼びました。

 対して、『オセロー』はシェイクスピアの4大悲劇のひとつといわれますが、はたしてこれは「悲劇」なのか――。そうではなく、これは「悲劇のような恋物語」であって、究極の「純愛」を描いた作品ではないか、という解釈を示します。それがオセロー最期の独白部分を決定的に左右します。

 向井さんを講師に迎え、ほんとうに良かったと実感した瞬間です。

 細かい内容は、いずれオンライン講座で紹介されますので、そちらで是非ご覧いただきたいと思います。

 さて、6月からは向井さんのような異色の講師陣が続きます。生物心理学者の岡ノ谷一夫さん、ベンチャーキャピタリストの村口和孝さん、作家の古川日出男さんらが、次々と登場です。どんな話が飛び出すか、いまからドキドキしています。

 その前に、5月29日は河合祥一郎さんの講義プラス「リコーダー合奏」、世界的な古楽器演奏家らによる「シェイクスピア時代の音楽を聴こう!」の3部構成「シェイクスピアの音楽会」を初の公開講座として開催します。残席がわずかになっていますが、皆さんの参加をお待ちしています。

2018年5月17日

ほぼ日の学校長

*「シェイクスピア講座2018」第10回は、受講生以外の方もお誘いして、赤坂・草月ホールで開催いたします。プロの古楽器奏者によるシェイクスピア時代の音楽を生演奏で聴きながら、河合祥一郎さんの講義を受けます。優美な音楽にひたりながら400年前に思いをはせる一夜になるはずです。

ほぼ日の学校スペシャル
「シェイクスピアの音楽会」


2018年5月29日(火)

草月ホール 18時開場 19時開演 
21時終了予定

全席指定6,480円(税込み) チケット発売中

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「ほぼ日の学校」のはじまりや、これからの話、夢や想いを
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