2018年1月、
ほぼ日の学校が始動しました。

これからいったい、
どういう学校に育っていくのか。

そのプロセスの出来事や、
学校にこめる思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.115

本屋さん、あつまる。

 2月22日から24日までの3日間、渋谷PARCOの8F「ほぼ日曜日」で「本屋さん、あつまる。」というイベントを行いました。

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 8つの本屋さんが一堂に会するという、ほぼ日「生活のたのしみ展」の書店バージョンです。私が店主をつとめる「河野書店」も出店しました。

 他には、
青山ブックセンター
東京・千駄木の「往来堂書店」
東京・赤坂の「双子のライオン堂」
光文社古典新訳文庫のお店
NHK出版「100分de名著&学びのきほん」のお店
ミシマ社の本屋さん
十二国記屋
といった精鋭揃いです。

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 事前の告知記事で、作家の浅生鴨さんがそれぞれのお店を取材しています。詳しくはそちらをご覧ください。

 その浅生鴨さんも河野書店の右隣で、ちいさな「鴨書店」を開きました。文庫化されたばかりの自著『伴走者』(講談社文庫、3月にTBSでドラマ化)や、イチオシの本、ワタナベアニ『ロバート・ツルッパゲとの対話』などの販売をしながら、頼まれるとサインをし、合間にはとうに締切の過ぎた原稿を執筆し、時々はよその書店を覗いて本のまとめ買いをするという、動きの多い鴨さんらしいお店でした。

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 この期間、すでに新型コロナウイルスの感染拡大が不安視されていましたが、来場自由の無料イベントですので、会場の各所に消毒液などを用意して、予定通りに開催しました。

 朝10時の開店と同時に、すぐ賑わったのは十二国記屋です。待ちかねた人たちが、開店前からすでに列をなしていました。

 小野不由美さんのファンタジー小説『十二国記』シリーズの最新長篇『白銀(しろがね)の墟(おか) 玄(くろ)の月』(全4巻、新潮文庫)が、昨秋18年ぶりに刊行されます。現在までに4巻合わせて254万部! 発売されるやいなや、凄まじい勢いで売れているのは知っていましたが、その底力をまざまざと見せつけられた思いです。

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 『十二国記』は、古代中国風の異世界を舞台に、王朝の繁栄と没落を描く歴史絵巻です。まだ完結していませんが、文庫本のシリーズ累計は、すでに1200万部を超えています。

 表紙と挿絵は山田章博さん。十二国記屋では、新作4巻に使われた山田さんの装画ポストカードを先行販売し、ここでしか手に入らない複製原画、山田さんの画集、ブックカバー、カレンダー、クリアファイル、キャンバスアート、トートバッグ、主要キャラクターらの缶バッジ、タッセルストラップ、一筆箋などのグッズを、本と一緒に販売しました。3日間ともにほぼ終日、レジ前の列が途切れることはありませんでした。

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 学生時代から“真正ファン”である学校チーム・涌嶋も、気合が入ったひとりです。全15冊のたのしみ方、シリーズ攻略法を示した手書きのチラシを作ります(力作「読み方ガイド」です!)。それがSNSで話題を呼び、買い物目的もさることながら、「ファンが集まって語り合える場」として、十二国記屋が認知されます。

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 グッズが品薄になってしまった2日目以降は、「話がしたくて来ました」とはっきり口にするお客さんもあらわれ、まさにオフ会のような雰囲気になりました。今年になって『十二国記』を全巻読破した学校チームの草生と、古参ファンである涌嶋コンビが、お客さんたちと作品を熱く語り合う声が、会場内に鳴り響かない時間はほとんどないと言ってもいいくらいでした。

 ファンにとって最大のビッグ・イベントは、このシリーズを立ち上げからずっと担当してきた編集者のSさんが、3日ともに顔を見せてくれたことです。この人、私の前職での仕事仲間なのですが、お互いに“深夜の友”を認め合っていました。誰もいなくなった夜中の廊下ですれ違ったり、休日出勤でしょっちゅう顔を合わせていたのです。

 ただ、編集者は黒衣(くろこ)であるべきだという信念の持ち主で、彼女が担当者として人前に出ることはこれまで一度もありませんでした。

 それだけに、ファンにとっては願ってもない機会です。Sさんだからこそ知る制作過程の裏話に目を輝かせたり、誰よりも真摯に物語に向き合ってきた人ならではの感想に頷いたり、店先が賑やかなサプライズ交流の場と化しました。

 最終日はついにSさんを囲む車座集会が、会場の中央に自然発生的に誕生し、たまらず涌嶋も参加します。Sさんとお客さまが話す輪が広がったとき、見かねた草生が「行っておいで、許す!(許すも『十二国記』の重要ワ―ド)」と送り出してくれたとか。

 これまでファンがそれぞれ胸に抱えてきた思いのたけを、ざっくばらんに語り合える感想ミーティング。まわりで見ていても、本当にたのしそうで、幸せそうでした。

 愛媛や三重、和歌山、大阪など、遠路駆けつけてこられた方(なかには、このためにだけ夜行バスでこられた方)もいました。母娘2代にわたる熱心なファンもいらっしゃいました。以上が、十二国記屋の繁盛記です。

 さて、東京にある3軒のリアルな本屋さんも、それぞれの個性を打ち出しました。まず表参道の青山ブックセンター本店は、ちょうどロゴをリニューアルするタイミング。若き店長の山下優さんが新ロゴのTシャツを着て、店頭に立ちます。

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 そして今回の目玉は、なんと言っても、小倉ヒラクさんの写真集『発酵する日本』という47都道府県の知られざる発酵文化を訪ねたスペシャルな1冊のお披露目です。内容も充実していれば、出版のカタチとしても画期的です。書店である青山ブックセンターと、印刷会社の藤原印刷と、著者である小倉さんの3者が、ミニマム・ユニットを組んで制作。

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 販売のカタチもユニークです。部数は2000部限定。売場は青山ブックセンターのみ。

 「普通の本についてあるはずの値段も流通用のISBNコードもついていない、純粋にプロダクトとしての本を届けます!」というのが、小倉さんからのメッセージで、3月5日の発売です。

 千駄木の「往来堂書店」の売りは「D坂文庫」。店主の笈入健志(おいりけんじ)さんと日頃付き合いのある51人の選者が、とっておきの1冊をお薦めするヤバい文庫フェアです。ミロコマチコさんのイラストと題字が目を引くオリジナルカタログ「D坂文庫」を、「うっかり買ったら、欲しい本ばかり増えて困ったものです!」とは、わが涌嶋の悲鳴です。

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 赤坂の「双子のライオン堂」の店主・竹田信弥さんは、会期中にお隣で『十二国記』全15冊を一気買いしたという「漢気あふれる」店主さん。自宅の本棚の写真を撮って送ると、「いつか必要になる本」をセレクトして送ってくれるという、かなり踏み込んだ販売サービスを提供しているお店です。

 今回のような書店集合イベントにも参加する機会が増えてきたものの、「選書が尖りすぎている」せいか、歴戦惨敗と言っていた竹田さん。今回はその悪しきジンクスを脱したようです。知り合いの書店主、著者、編集者たちが交代で店番をつとめる“ワンチーム”の結束が初の勝利をもたらしました。

 さらに、3つの出版社が名を連ねます。

 まずは、「一冊入魂」「原点回帰」の“自由が丘のほがらかな出版社”、ミシマ社さん。拙著『言葉はこうして生き残った』でお世話になった版元です。

 今回は本と一緒に、レモンやはちみつなども販売しました。代表の三島邦弘さんが力を入れて発行している雑誌「ちゃぶ台」創刊の際にご縁が生まれた瀬戸内海の周防(すおう)大島からの海の幸や山の幸。

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 新刊『坊さん、ぼーっとする。』が出たばかりの白川密成さんとは、初日にトーク・イベントをやりました。かつて「ほぼ日刊イトイ新聞」でも「坊さん。――57番札所24歳住職7転8起の日々。」という連載を231回続けた愛媛県・栄福寺のご住職です。

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 トーク後は「よろず悩み相談室」を開き、さらにはミシマ社の新レーベル「ちいさいミシマ社」から詩画集『今夜 凶暴だから わたし』を出した作家・作詞家の高橋久美子さんと、もう1ラウンド、トークをこなして、愛媛のお寺へ帰られました。

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 圧巻の品揃えはNHK出版です。「100分de名著」9年分のアーカイブ、「もうちょっと知りたい」人向けの「学びのきほん」シリーズ、養老孟司、池上彰さんらの実際の授業を書籍化した「読書の学校」シリーズなどがズラリと並びます。

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 「別冊100分de名著 読書の学校 安田登特別授業『史記』」の刊行記念イベントとして、安田登さんのトークもありました。旅先の島根からこのために東京に戻り、また島根に取って返すという安田さん。トークの最後に琵琶とのライブ・セッションで夏目漱石『夢十夜』の「第三夜」を朗誦しました。明るい照明の中ですが、なんとも凄い迫力でした。

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 光文社古典新訳文庫は「いま、息をしている言葉で、もういちど古典を」というコンセプトで、2006年の創刊から着々と古典の新訳が送り出されています。累計100万部を突破したドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(亀山郁夫訳)をはじめ、300点以上が生まれました。

 圧巻だったのは、イラスト入りのPOPです。光文社古典新訳文庫のHP「店頭宣伝用POP」からダウンロードできますが、POPが特製しおりになっていて、これがなんともステキでした。

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 最終日には創刊編集長の駒井稔さんと私で「酔いどれ船、乗る、乗らない。」というほろ酔いトークをやりましたが、この編集部とはこれからますます連携の機会が増えることと思います。

 さて、3日間やってみての感想は、おもしろかったのひと言です。これまで2回開いた「河野書店」の経験から、本をあいだに置くことで人と人とがなごやかに交流できる場が生まれることは知っていました。

 それを今回はより複合的に、ちいさな「本のフェス」としてやろうというのが狙いでした。どのブースも賑わっていましたし、たのしそうに本を選んで買っていくお客さんの顔を見ているだけで幸せでした。 

 「Bar X」‥‥。ほぼ日乗組員が日替わりでママを務めるというこのお店は、サービスカウンター脇の壁に、萩原朔太郎の詩を掲げました。

酒場に集まる
――春のうた――
          萩原朔太郎

酒をのんでゐるのはたのしいことだ、
すべての善良な心をもつひとびとのために、
酒場の卓はみがかれてゐる、
酒場の女たちの愛らしく見えることは、
どんなに君たちの心を正直にし、
君たちの良心をはつきりさせるか、
すでにさくらの咲くころとなり、
わがよき心の友等は、多く街頭の酒場にあつまる。

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 Barのお品書きの中には、「河野書店」の定番「古本X」もありました。すでに読んでしまったけれど、誰かにお勧めしたい本。それを、おみくじ方式で(中身は開けてのお楽しみ。ヒントはひと言コメントだけ)で販売しました(300円と150円)。

 今回は英字新聞に加えて、ハングルの新聞で包装しました。たまたま北朝鮮の新聞が手に入ったというだけですが、紙質が良いこと、印刷がきれいなこと、意味はわからないながらも何となく中身が想像できるような、まさに「古本X」らしい趣向でした。

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 ちなみに、今回「河野書店」の店頭に並べた22冊は、下記の通りです。

・角田光代『空中庭園』(文春文庫)
・津村記久子『ウエストウイング』(朝日文庫)
・町田康『パンク侍、斬られて候』(角川文庫)
・船戸与一『山猫の夏』(小学館文庫)
・カズオ・イシグロ『夜想曲集』(ハヤカワepi文庫)
・ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』(新潮文庫)
・志村ふくみ『色を奏でる』(ちくま文庫)
・向田邦子
  『伯爵のお気に入り
    ――女を描くエッセイ傑作選』
 (河出書房新社)
・久世光彦『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』
  (文春文庫)
・茨木のり子『茨木のり子の献立帖』
  (平凡社コロナ・ブックス)
・桜井莞子『PAROLEのおかず帖』(KADOKAWA)
・中島らも『今夜、すべてのバーで』(講談社文庫)
・ロアルド・ダール『あなたに似た人』
  (ハヤカワ・ミステリ文庫)
・レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』
  (ハヤカワ・ミステリ文庫)
・吉田健一『酒肴酒』(光文社文庫)
・大島弓子『ロスト・ハウス』(白泉社文庫)
・吉田秋生『櫻の園』(白泉社)
・吾妻ひでお『失踪日記』(イースト・プレス)
・平松洋子・谷口ジロー『ステーキを下町で』(文春文庫)
・駒井稔『いま、息をしている言葉で。』(而立書房)
・河野通和『言葉はこうして生き残った』(ミシマ社)
・河野通和『「考える人」は本を読む』(角川新書)

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 きれいに完売したのは、中島らもさんの『今夜、すべてのバーで』でした!

 お店に来られた方のほとんどが、「お財布、見つかって良かったですね」と言って買ってくださいました。前回の「学校長だより」に書いた通りで、ほんとに肝を冷やす「出来事」でしたが、皆さんとこうしてお会いできたのも、中島らもさんの本のおかげです。

どうもありがとうございました!

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2020年3月5日

ほぼ日の学校長

*【朗報】『十二国記』が、第5回「吉川英治文庫賞」を受賞したことが3月2日発表されました。この大人気ファンタジーシリーズから、これからもますます目が離せないです。ご受賞おめでとうございます!