2018年1月、
「シェイクスピア講座」で
「ほぼ日の学校」は始動します。

そこに向けて、
いままさに「制作中」の様子や
学校にこめた思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.11

「出合ったときが新刊」

「生活のたのしみ展」の話をもう少し続けたいと思います。「河野書店」の体験を通して、人と本との出会いについて、いろいろ思うところがあったからです。

古本X(エックス)」の企画が、予想以上の大当たりだったのは、前回書いた通りです。私やほぼ日乗組員たちがそれぞれの書棚から持ち出した本に「ひと口メモ」を添えた古本市。手がかりのヒントはありますが、中身は「開けてのおたのしみ」というおみくじ趣向の企画でした。

すぐに「おもしろい!」と反応したのは、大半が女性(男性であれば若い人)でした。「自分で選ぶ本って、いつの間にか似てくるのよね」「どんな本に出会えるかわからないところがおもしろい」ーー。聞こえてくるのは、たいていこんな声でした。

本との出会いは、予期せぬ偶然がつきものです。たまたま誰かにプレゼントされたり、書店の店先でいきなり本のほうから目に飛び込んできた、といった理由で手に取ると、これが思いがけずおもしろい。それまで意識したこともない好奇心の芽がふくらんで、一気に読了するいったケースです。

ふとした偶然から思いもかけない幸運にめぐりあうことを、セレンディピティとよくいいます。英文学者の外山滋比古さんには、まさにそのタイトルのエッセイがあります。そこに言葉の由来が記されています。

<十八世紀のイギリスに、「セイロンの三王子」という童話が流布していた。この三王子は、よくものをなくして、さがしものをするのだが、ねらうものはいっこうにさがし出さないのに、まったく予期していないものを掘り出す名人だった、というのである。

この童話をもとにして、文人で政治家のホレス・ウォルポールという人が、セレンディピティ(serendipity)という語を新しく造った。人造語である。

そのころ、セイロン(いまのスリランカ)はセレンディップと言われていた。セレンディピティというのは、セイロン性といったほどの意味になる。以後、目的としていなかった副次的に得られる研究成果がひろくこの語で呼ばれることになった>(外山滋比古『思考の整理学』、ちくま文庫)

このエッセイが収められた『思考の整理学』という本も、ふしぎな幸運に導かれました。文庫本になったのが1986年4月のこと。それから21年間で17万部が売れました。ところが、2006年秋に盛岡市の「さわや書店」が「もっと若い時に読んでいれば‥‥」という手書きポップをつけたことがきっかけになって、突然、売行きに弾みがつきます。以後、いろいろな追い風がはたらいて、2009年夏にはミリオンセラーの仲間入りを果たします。

ロングセラーが、突然ベストセラーに化けたのです。

これもセレンディピティの魔術のような好例です。ふとしたきっかけから、予期せぬ幸運の波紋が大きくひろがり、新たな世界の扉を開いたのです。

一方、「視野の中央部にあることは、もっともよく見えるはずである。ところが皮肉にも、見えているはずなのに、見えていないことが少なくない」(同上)という逆説もまた、しばしば実感するところです。「見つめるナベは煮えない」という名言を教えられたのもこの本でした。「熟したテーマは、向うからやってくる」という文豪バルザックの格言もーー。

話をもとに戻せば、「古本X」のような企画がうけるのは、健全なバランス感覚の現われのように思います。わかりやすい偶然に身をゆだねてみるワクワク感。情報過多の日常生活にやや疲れを覚え始めた私たちが、心のどこかで求めているセレンディピティへの期待や憧れなのかと思えます。

ちなみに、「古本X」にもこの本が1冊入っていたはずです。引き当てた人は、誰かな?

少し意外だったのは、「何を読んだらいいでしょう」「どの本がいいか、教えてもらえますか」とたくさんの読書相談を受けたことでした。私と一緒に店頭に立ったスタッフは、ついこの間まで、前職で一緒に雑誌を作っていた仲間です。

バレーボールにたとえれば、彼女が店先でサーブをして、お客さんの足を止める。そこから掛け合いでお客さんとラリーを続け、最後は彼女が上げたトスを私がスパイクする、といった感じの役割分担をして、お客さんそれぞれの顔を見ながら、個別の読書案内に努めたのです。

すると、お客さんのほうも、結構話してくれます、しゃべります。本を仲立ちにして向き合うと、お互いに間接話法なので、何でも気兼ねなく話せます。こちらも親身になれるのです。コミュニケーションを求める人が、こんなにたくさんいるものか。今回の発見のひとつです。

そんな熱気が冷めやらない週明けに、荻窪でTitleという書店を営む辻山良雄さんから素敵な本が送られてきました。かわいらしい装幀で、手に取りやすいポケットサイズ。365冊の本をひとつひとつ丁寧に(簡潔に)紹介した『365日のほん』(河出書房新社)という、著者の人柄そのもののようなブックガイド。レイアウトや文字組みにも細やかな工夫が凝らされていて、本好きにはたまらない1冊です。

冒頭に書かれた辻山さんのことばに、いきなり感服しました。少し長くなりますが、引用したいと思います。

<毎日、書店の店頭には数多くの新刊が入ってきます。日々、それに触れることを繰り返しているうちに、「光って見える本」が自然とわかるようになりました。著者の内にある切実なものをすくい上げ、生まれるべくして生まれた本には、はじめて見たときでも「ずっとこの本を待っていた」という気持ちにさせられるものです。そうした必然性を持った本は、ぱっと見ただけで、他の本とは違う輝きを放っています。

そもそも本は一冊一冊がすべて異なり、替えがききません。レジの中から見ていると、はっきりとした輪郭を持つ、より「その本」らしさを感じさせるものに、人の手は伸びます。この『365日のほん』には、そうした思わず手にしたくなるような、存在感がある本を集めました。そのなかには、昔から名作として読まれてきた本もあれば、つい最近出版されたばかりの本もあります。本屋の世界には「出合ったときがその人にとっての新刊だ」ということばがありますが、よい本には時代にかかわらず人の心に触れる、根本的な何かがあります>

便利さでは敵なしの巨大ネット書店も、この文脈ではすっかり影を潜めます。1冊1冊の本が放つ熱量や「その本」らしさは、じかに触れることによってしか伝わりません。それを感じられるかどうかは、前に立つその人次第という面はあるにせよ‥‥。

大規模すぎる書店だと、また難しいかもしれません。辻山さんのTitleのような小規模で、そんなに混んでいない(流行っていないという意味ではありません。念のため)お店だと、レジまわりで店主と立ち話をする機会もあるでしょう。

そこではきっと、効率的な本の情報収集だけでない(それとはまったく次元の違う)心の交流が、つかの間にせよ、濃密に行われる気がします。

以前、辻山さんのお店を訪ねた時でした。大切なお小遣いを握りしめてきた少年が、図書カードを出し、足りない分は小銭を1枚1枚数えながら、『コロコロコミック』を買っていきました。辻山さんとはひと言、ふた言のやりとりでしたが、その場面を見ていた私が、感動しました。その昔、マンガ雑誌を買いに走って、家でわくわくしながらページを繰った自分の姿を重ね合わせて‥‥。

リアルな場でこそ体感できる一条の「光」。「出合ったときがその人にとっての新刊だ」というひと言。

「学び」のイメージをあたためているいまだから、強く響いてくる何かを感じます。

2017年11月29日

ほぼ日の学校長

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