2018年1月、
ほぼ日の学校が始動しました。

これからいったい、
どういう学校に育っていくのか。

そのプロセスの出来事や、
学校にこめる思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.18

「静かな興奮」

 1月16日、「ほぼ日の学校」が始まりました。

 芝居で初日を迎えるように、直前までバタバタして、全身が震えるような緊張感に襲われる姿を想像しなくもありませんでしたが、私自身は意外なくらい淡々と、時計の針が進むのを眺めていることができました。

 それもこれも、まわりで支えてくれた「ほぼ日の学校」チームや他のほぼ日乗組員のおかげです。

 何かし忘れていることはないか? スタッフは大変だったと思います。自前の“教室”を設営すること、さまざまな準備、オンラインクラスのための映像化‥‥。

 欠席の連絡も、当然ギリギリに飛び込んできました。「インフルエンザ高熱のため、きょうはやむなく断念します」という、いかにも無念という連絡。

 そうこうするうちに、あっという間に始業時刻が訪れました。スタッフの働きに助けられ、学校長は静かに胸を高鳴らせ、その時を迎えることができました。

 授業に先立ち、簡単に開校の辞を述べました。“教室”の空気に促され、ことばが自然に湧き出てきました。

<新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます(ここで笑いが起きました)。

 ほぼ日の学校へようこそ!

 さて、ほぼ日は今年の6月で創刊20周年を迎えます。

 その年の初めに、こうして皆さんが集(つど)ってくださったことを、本当にうれしく思います。

 ほぼ日の学校は、ここにいる皆さんとこれから一緒につくっていく学校です。

 受講する皆さん、講師をつとめる先生方、運営にたずさわる私たち、映像化のスタッフ、それをオンラインで聴講するであろう、ここにはいない未来の受講生たち――。

 これから一緒に、みんなでつくる学校です。

 ほぼ日の学校が、新しい学びを体験する、おもしろい坩堝(るつぼ)のような場になることを願っています>

 そして、オープニングを飾る「シェイクスピア講座2018」の最初の講師をつとめるシアターカンパニー・カクシンハンの木村龍之介さんを呼びました。木村さんが爽やかな笑顔で登場します。

 嬉しかったのは、この後に続く他の講師の方々が、あらかた顔を揃えてくださったことです。翻訳家の松岡和子さん、演劇記者の山口宏子さん、シェイクスピア研究者の河合祥一郎さん、作家の古川日出男さん、投資家の村口和孝さん(後半の途中で退席されましたが)。

 どうしても都合がつかなかった向井万起男さん、串田和美さん、岡ノ谷一夫さんは残念そうな連絡をくれました。皆さん、今後も「ほぼ毎回参観したい」とおっしゃっています。他のカルチャーセンターやセミナーでは(もちろん大学でも)およそあり得ない出来事です。自分の番でもないのに、他人(ひと)の講義をわざわざ聞きに来るなんて。

 シェイクスピアの魔力なのか何なのか。不思議な化学反応がすでに起き始めたということなのか‥‥。

 プロジェクトが実際に動き始めたのは、ほぼ半年前です。木村龍之介さんと初めて会ったのが7月1日。猛スピードで突っ走ってきたという見方もできそうですが、じゅうぶん時間をかけてきた、と私の目には映っています。

 実際の授業はどうだったのか、といえば、ズシンと腹に響く手応えがありました。全体の印象は、より客観的に見ていた糸井重里さんが、昨日の「今日のダーリン」に感想を書いてくれました。

<終わってからも、集まっていた講師たちは、
そのまま、ここに起こった出来事や、これからのこと、
そして、シェイクスピアのことなどを話し続けた。

こんな時間、空間が生まれたのは、
「99人の客席の人たち」のおかげがとても大きい。

そのことに、だれも異論はなかった。

年齢も環境も経験もばらばらの人たちが、
若い講師の合図で、シェイクスピアの世界に潜っていく。

そんなふうにも見えたし、たくさんのことばを、
ほんとうにごくごく飲んでいるようにも思えた>

 ありがたい感想です。これを読みながら、冒頭の挨拶で言い忘れたことに気づきました。

 みんなと一緒にこれからつくる「ほぼ日の学校」。何より欠かせないのは、古典の作品そのものです。その著者、そしてそれを伝えてきた人たちへの敬意です。

 書き手にはシェイクスピアのような著名人もいれば、「詠み人知らず」といった作者未詳のケースもあります。いずれにせよ、それらの作品が長い歳月を経て私たちの手もとに届いたという「時間」に対する感慨もまた、学校をつくっていく際に共有したい思いです。

 ふと、「ほぼ日」が誕生した日を糸井さんたちがどのように迎えたのか、それを確かめたくなりました。『ほぼ日刊イトイ新聞の本』(講談社文庫)にはこうあります。

<創刊前夜は関係者が鼠穴(*)に詰めた。カウントダウンが、やりたかったのだ。(中略)

 最終的な点検に入ったのは深夜の十二時を過ぎてからだった。いよいよだと思うと自然と熱が入った。前の日からまったく寝ていなかったが、不思議と疲れを感じない。

 こういう気分をこそ味わいたかったんだもの。

 創刊のためのすべての作業が終わったのは六月六日早朝だった。ひょんちゃんやアッキィなど協力してくれた人の顔が皆、輝いていた。

 ぼくも、平気な顔をしていたけれど、喜びを抑えられなかった。しかし、いったん始まったら最低でも一年は止(や)められねぇぜ、という怖いことも思っていた。毎日のように、こういう日々が続くのだ。

 覚悟はいいか? みんなにそう言って脅かすわけにはいかないから、自分だけで思っていた。

 さあ、いよいよはじまりだ>

 「一年は止められねぇぜ」が、間もなく丸20年に達しようとしています。学校はその青年が新たに始めるチャレンジです。

 「覚悟はいいか?」と、自分に問いかけるところは同じです。

2018年1月18日

ほぼ日の学校長

*ねずあな。当時、「東京糸井重里事務所」があった港区東麻布、狸穴坂そばの建物の通称。

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