2018年1月、
ほぼ日の学校が始動しました。

これからいったい、
どういう学校に育っていくのか。

そのプロセスの出来事や、
学校にこめる思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.38

「科学と文学、おまけに音楽」

 前回の最後に、橋本治さんの『おいぼれハムレット』(河出書房新社)を紹介しました。「落語世界文学全集」の第1回配本ですが、このシリーズは今後もたのしみなラインアップを組んでいます。『異邦人』、『人形の長屋(家じゃないんですね、落語だから)』、『若きウェルテルの悩み』、『ボヴァリー夫人』、『女の一生』、『人情噺 罪と罰』、『怪談 嵐が丘』と続くようで、たしかに『嵐が丘』って、言われてみれば“怪談”ですね。

 さて、その『おいぼれハムレット』を読んだ勢いで、6月12日の岡ノ谷一夫さんの講義をひかえ、1968年公開の映画「ロミオとジュリエット」(監督フランコ・ゼフィレッリ)を50年ぶりに見直しました。

 オリビア・ハッセーがヒロインを演じ、テーマ曲が大ヒットした名作です。当時私は中学2年生でしたが、可憐なジュリエットにすっかり舞い上がった同級生にさんざん付き合わされる(英語でファンレターを代筆させられた!)といった思い出があります。

 橋本治さんが、「シェイクスピア講座」の4回目に講義した際、シェイクスピア作品でまともに翻訳したかったのが1作だけあって、それは『ロミオとジュリエット』だ、と言ったのを思い出します。この映画がテレビ放映された時の日本語の吹き替えを聞き、いわゆるシェイクスピア調ではなく、もっと10代の少年少女らしいふつうのことばにして、この作品を訳してみたいと思ったというのです。「めんどくさいから、もうやらないけど」というのが橋本さんらしいオチですが‥‥。

 ちなみに、この作品は1968年度アカデミー賞の撮影賞、衣装デザイン賞の2部門のオスカー(4部門でノミネート)を受賞します。その後、中世の修道士、聖フランチェスコの物語を映画化した「ブラザー・サン シスター・ムーン」(1972年)でも成功をおさめた監督のフランコ・ゼフィレッリを日本に招き、彼の演出で「ロミオとジュリエット」の上演を企画したのが東宝でした。ところが、その来日が突然中止になり、急遽、抜擢されたのが当時若手演出家として頭角を現していた蜷川幸雄氏です。

 巨匠のドタキャンによって、「ロミオとジュリエット」(日生劇場、1974年)を演出し、これがその後に続く「蜷川シェイクスピア」の幕開きとなります。思わぬ偶然が、蜷川さんの運命を大きく変えることになったのです。

 さて、この映画を随所に引きながら、岡ノ谷さんの講義は行われました。「ロミオとジュリエットを生物心理学から観る」というタイトルです。レジュメの章立てにそって振り返ってみましょう。

1、「ロミオとジュリエット効果」――恋の障害が大きいほど2人の熱情は燃え上がる。

2、「家どうしの争い」――“内集団”の結束力と“外集団”との敵対関係を、進化論や心理学の観点から考える。オキシトシンという仲良しホルモンが脳内で分泌されると、“内集団びいき”が強まる。「犬の目を見ているとオキシトシンが出る」という説に、驚きと共感の反応が‥‥。

3、「思春期の脳と心」――思春期では、本能行動にかかわる脳の辺縁系の発達が、学習行動にかかわる前頭前野の発達を上回っている。そこでリスクをおかす行動に出やすい。14歳で思春期まっただ中のジュリエット。

以下、4、「ハンディキャップの原理」、5、「近交弱勢とMHC」(フェロモンの話)、6、「若者はなぜ殺すのか」と続き、

7、「夜鳴き鶯よ、雲雀じゃないわ」――夜鳴き鶯(ナイチンゲール)の鳴き声は「求愛」の機能が強く、雲雀(ひばり)の歌は「縄張り防衛」の機能が強い(詳しくは後述)。

8、「思春期の終わりと死」

 という8つの主題が扱われました。

 まじめな科学の講義がどうしてこんなに笑いを誘うのか?」と学校のスタッフが感想を記していましたが、まさにその通り。

 吊り橋効果」であるとか、オキシトシン、フェロモン、フレーメン(積極的にフェロモンを嗅ごうとする行動)、鋤鼻器(じょびき:ヒトの鼻腔内にあるフェロモンセンサー。ただし、鋤鼻器が備わっている人は、全体の27%という統計がある)の話には、思わず吹き出しそうになりました。

 さすが岡ノ谷さん、と感服したのは、鳥の歌声の比較です。鳥の歌声には、「縄張り防衛」と「求愛」の2つの機能が備わっており、この科学的見地からの解釈は、作品の読みをぐっと深めてくれました。

 実際のテキストではこの場面です。河合祥一郎さんの『新訳 ロミオとジュリエット』(角川文庫)のp113にあたります。一夜をともに過ごしたロミオとジュリエットですが、やがて夜が白々と明けてきます。

ジュリエット もう行ってしまうの? まだ夜は明けていないわ。

あなたのおびえた耳に響いたのは、

あれはナイチンゲール。ひばりじゃない。

夜な夜な向こうの柘榴(ざくろ)の木で歌うの。

本当よ、あれはナイチンゲール。

ロミオ ひばりだった。朝を告げる鳥だ。

ナイチンゲールじゃない。(略)

行かなければ。とどまれば死ぬだけだ。

ジュリエット あの光は朝日じゃない。わかっている、そう、

あれは、太陽が吐き出した彗星(すいせい)よ。(略)

だから、ここに居て。まだ行かないで。

ロミオ 捕まってもいい、死んでもいい、

それで満足だ、君がそう願うなら。(略)

ぼくだって行きたくない。とどまっていたい。

来るがいい、死よ、ジュリエットがそう望むのだ。

どうしたんだい? 話をしよう。まだ朝じゃない。

 実際には朝が来ています。ジュリエットは「あれはナイチンゲール」と言って、まだ別れたくない思いを伝えます。ナイチンゲールの歌は求愛の機能が強く、ジュリエットのことばはそれを裏書きしています。ところが、いつまでもそうは言っていられません。

ジュリエット 朝よ、朝。行って、さあ、行って。

あんなに調子がはずれた声で歌うのはひばり。

耳障り(みみざわ)りな音を出し、いやな金切り声を出したりして。

ひばりはすてきな歌を歌うというけれど、

あれは違う。私たちを引き裂くのだもの。

ひばりはいやらしい蟇蛙(ひきがえる)と目を交換したともいうけれど、

声も変えてくれればよかった。

その声で脅(おど)して私たちの腕を引き離し、

朝をせき立てる歌であなたを追い出すのだもの。

さあ、行って、どんどん明るくなってきたわ。

 ひばりの歌は縄張り防衛の機能が強く、愛の場面にはそぐいません。「ひばりじゃない」と最初にジュリエットが言うのはそれを示しているわけです。

 岡ノ谷さんといえば、ジュウシマツの研究です。複雑な求愛のさえずりをするジュウシマツのコミュニケーションに着目した『小鳥の歌からヒトの言葉へ』(岩波科学ライブラリー、2003年。改版され、現在は『さえずり言語起源論』)が、そもそも岡ノ谷さんを知るきっかけになりました。ですから、さすが岡ノ谷さん!

 余談ですが、ジュウシマツの次に、岡ノ谷さんを有名にしたのは『ハダカデバネズミ』(岩波科学ライブラリー、2008年)の研究でした。この気の毒な名前をつけられた愛すべき動物(へんな姿をし、へんな社会形態で暮らし、へんな鳴き声を出す)には、今回出場機会はありませんでしたが、この個性派俳優が登場してくれたら、と期待しなくもなかったのです‥‥。

 さて、授業が終わると、そこからは放課後タイム――。岡ノ谷さんがわざわざ抱えて持参してくれたのは、ルネサンス時代の弦楽器であるルネサンスギター、ビウエラ、ルネサンスリュート、ロマンチックギターの4本でした。愛蔵の楽器でシェイクスピア時代の曲を奏で、「シェイクスピアと豊臣秀吉」(No.35)で紹介した「天正少年使節」が関白秀吉の前で合奏したという曲の披露にまでおよび、この日は“古楽器愛好家”として締めくくったのです。

2018年6月21日

ほぼ日の学校長

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