ほぼ日の学校長だよりNo.43
「“Were you there?” “Yes, I was.”」
「卒業制作」のようなことが、受講生全員でできるといいですね、と初回の打合せの時に木村龍之介さんと話しました(*)。文化祭みたいなノリで、全員参加のシェイクスピア劇を上演するとか? 「わたしのシェイクスピア体験」を実感してもらえる“何か”がやれるといいですね、と。
それがまさか、まさか、ほんとうに実現の運びになろうとは! しかも電光石火の早業で!
「そのアイデア、いいと思うんですね」という河合祥一郎さんの力強いひと言が流れを決めました。机上のプランが、にわかに現実味を帯びた瞬間です。7月20日午後1時過ぎ。木村さん、河合さん、そして松岡和子さんが参加した最終講義の打合せの席でした。
「以前、CD付きの英語絵本のために『ハムレット』と『夏の夜の夢』の短縮版をつくったことがあります。99人クラスなら、『夏の夜の夢』はどうでしょう? それでよければ、これからすぐ家に帰って、準備を始めます」と河合さん。カッコ良すぎて、シビレました。
そして夕方までに最初の案が来て、夜のうちにブラッシュ・アップされた改訂版が、私たちのもとに届きました。通しで約25分の河合訳の台本です。これをベースに、松岡和子訳を新たにつくろうという話になり、河合さんが編集した原案に、松岡さんが手を入れてくださいました。
受講生99人に加えて、講師陣、ほぼ日メンバー(糸井さん、私など)をふくめた計106名を河合訳チーム、松岡訳チームの2つに分けます。さらにそれを10の小グループに分割し、それぞれが場面ごとのパートを請け負います。各グループの演出を、河合、木村という2人の演出家が指導します。セリフは全員に割り振られます。その練習に約1時間。
そして残りの1時間をつかって、河合版、松岡版の2パターンを順に上演。どういう『夏の夜の夢』が演じられるか、それをみんなで見物しようという試みです。かなり大胆なチャレンジです。
「学校」スタッフの草生亜紀子はすぐに、小道具を集めに走りました。ティアラ、妖精の羽根、ナイフ、古代ローマのトガ(toga)風の布にベルト、それに妖精がふりかける粉などです。100円ショップや手芸用品専門店のコスプレ・コーナーで調達したり、ものによっては手作りです。王冠はカクシンハンから、ライオンとロバのかぶりものは河合コレクションからお借りしました。
大変だったのは、俳優たちに手渡すセリフの準備です。あえてシェイクスピア時代の劇場の作法を踏襲(とうしゅう)しました。すなわち、セリフを役柄(role)に応じてバラバラに書き出し、個別に巻紙(roll)の状態で手渡します。それぞれの俳優が「しゃべりだし」のきっかけを見失わないように、前の登場人物のセリフを書き込みます。自分のセリフは太字の書体で見やすくし、グループごとに色分けしました。それを53人×2=106人分、つくります。最後の巻いて閉じるところを、アルバイトの村山さんと小久保くんに助けてもらいました。かなりの手間がかかりました。
このほとんどを、草生が突貫作業でやりました。とにかく時間がありません。24日19時の本番の“舞台”に間に合わせなければ!
受講生にも一斉に緊急連絡です。20日午後に、藤井裕子から「99席クラスだより」が送られます。
<来週の火曜日に「シェイクスピア講座2018」が
最後の授業をむかえます。
寒い冬に始まった授業が、夏真っ盛りのなかで終わるんですね。
季節をまたいだと思えなくらい
今となってはあっという間に感じます。
今日は最後の宿題のおしらせです。
最終講義を飾ってくれるのは
河合祥一郎先生と木村龍之介先生。
取り上げるのは『夏の夜の夢』です。
そして、最後の授業をひとつの卒業制作としたいと思っています。
みんなで一緒に作り上げるため、『夏の夜の夢』をぜひ読んできてください!
そして、動きやすい格好で来ていただけたら。
なにが起きるのか、どうぞおたのしみに。
では24日(火)、教室でお待ちしています。>
意味深な文面に、「動きやすい格好で」というのが笑えます。まぁ、そんな最終講義になりました。
さて、そこで何が起こったか。いまこの文章を書いている頭のなかは、まさに夢から醒めた後のよう。あの夜の名場面の数々が、順不同に駆けめぐります。意外な名演、名優の出現に驚いたり、いわゆる棒読みの浸透力に感じ入ったり、小きざみなジャブを次から次へと浴びせられた感じです。
妖精パックのいたずらでロバに変えられたボトムの役を、運良く「念願かなって」演じることができた松岡さんの嬉しそうな演技。「塀?」のひと言を割り振られた古川日出男さんが、作家生命を賭けんばかりの渾身の演技を見せるなど、印象的なシーンは枚挙にいとまがありません。登場した途端に、客席から笑いを取った糸井さんも、まんざらではないという表情です。
第5幕第1場の有名なシーン、アテネ公爵テーセウス(松岡訳ではシーシアス)とアマゾン女王ヒポリュテ(同ヒポリタ)との会話が、「卒業制作」公演の印象までも語ってくれている気がします(河合訳)。
ヒポリュテ あの恋人たちのお話は、ふしぎね、テーセウス。
テーセウス ふしぎすぎてほんとうとは思えない。
恋する者は、狂った者同様、頭が煮えたぎり、
冷静な理性には理解しがたい
ありもしないものを想像する。
ヒポリュテ でも、昨夜(ゆうべ)のお話を聞いていると、
単なる夢幻(ゆめまぼろし)とは思われず、
しっかり筋の通った現実であるような気がします。
あるいは、次の会話(松岡訳)。
ヒポリタ こんな馬鹿ばかしい芝居は初めてだわ。
シーシアス 芝居というものは最高の出来でも所詮は影、そのかわり最低のものでも影以下ということはない。想像力で補えばいいのだ。
いかにも「ほぼ日の学校」の最後にふさわしく、一夜の夢幻のようでありながら、不思議な現実感をともなった楽しい時間をみんなで共有したという満足感があります。『夏の夜の夢』をひとりで黙読していては、けっして得られなかった喜びです。
ステージが終わると、「シェイクスピア講座」の修了式。修了証と卒業文集を用意しました。文集には、全14回の振り返りのほかに、受講生の有志が挑んだ「劇評」(カクシンハンの「ハムレット」や「NINAGAWAマクベス」など)や、『マクベス』第5幕第5場の有名な「トゥモロウ・スピーチ」の試訳を収録しました。「劇評」には山口宏子さんが各稿に丁寧なコメントを加え、全体の講評を寄せてくれました。翻訳腕だめしには松岡和子さんが厳しい指導をしてくださいました。ありがたいことです。
劇評には29名が参加し、翻訳には10名がチャレンジしました。この参加率の高さも驚きです。
私は文集冒頭に学校長としての思いを書きました。生れて初めて、卒業生を送り出すという立場の文章です。
<贈ることば
初カツオ、初鮭、初なす、初きのこ、新茶、新米、ボジョレー・ヌーボー‥‥。
何につけ、初ものは縁起がよさそうです。
皆さんはまちがいなく、初づくしです。
ほぼ日の学校の初年度の、初講座の、初めての卒業生。
送り出す私も、学校長であることの晴れがましさを感じます。
将来、世界のシェイクスピア愛好者のあいだで、こんな会話が生まれるかもしれません。
“Were you there?”
“Yes, I was.”
そう、あの伝説の「シェイクスピア講座2018」の授業を私は受けていたんです!
そんな夢を見たくなるほど、皆さんとは本当に楽しい時間を一緒に過ごせたような気がします。
私たちはここで何を学んだのか?
ひとつは、人と人との新たなつながりです。
「ほぼ日の学校」という場で、ともにシェイクスピアについての講義を、14回ライブで体験しました。
さらにそれは、オンライン・クラスのコンテンツとなって、いまや広い世界に開かれています。
核となる講義を一緒につくりあげたというつながりとともに、それは外にも広がっていくのびやかさを備えています。
これが2番目に大切な点でしょう。
そしてもうひとつは、楽しさ、おもしろさを共有したということ。
知識を得た、スキルを身につけたというのも確かな喜びですが、
学ぶこと自体のおもしろさ、楽しさを味わい、ともに体感したことは、
これからの生き方に必ず反映されてくるでしょう。
それぞれの生活の場で、これを活かしていただけると幸いです。
改めて、ご卒業おめでとうございます。>
初の卒業記念品に選んだのは、ガラス作家・高橋禎彦さんのオリジナルのコップに「ほぼ日の学校」のシンボルである「コップ」(イラスト・長場雄)のマークを刻印した作品です。「いちど使うと手放せない」といわれる高橋さんのコップで、これからもますますシェイクスピアを、ごくごくのんでほしいと願います。
2018年7月26日
ほぼ日の学校長
*この時は、いま産休・育休中の「学校」スタッフ涌嶋由樹子と3人でした。おかげさまで、7月5日の早朝、涌嶋は無事に男児を出産。お腹にいる間、ずっとシェイクスピア講座を受講し続け、カクシンハンの「ハムレット」を観劇し、栗コーダーさんの「ほぼ日の学校のテーマ」を聴いて育ったので、ミドルネームはウィリアム・シェイクスピアの「ウィル」だね、と勧めています。