毎日読む小説「西遊記」
(邱永漢・著)
WEB上で、連載小説を掲載してみます。
邱永漢さんが、ドンと過去の傑作を
寄付してくれましたので、
藤城清治さんの影絵とともに、毎日連載します。

第一巻 実力狂時代の巻
第一章 ハッタリ猿 第五章 宗教大攻勢
天と地の間
山猿の建国
修道の旅へ
徒弟時代
破門
宗教攻勢
沙悟浄
猪八戒
その人の名は?
長安の花
第二章 実力狂時代 第六章 一粒の麦
凱旋行
如意棒見つかる
地球は狭し
冥土破り
天界へ
水に流す
母を尋ねて
出奔
肉親からの解放
明日ふる雨
第三章 天の反逆児 第七章 地獄道中記
馬方さん
斉天大聖
仙桃ドロボー
天の反逆児
夢に竜を斬る
冥土への道
地獄の沙汰
遊魂かえる
第四章 苦節五百年 第八章 真理を求めて
勝敗は兵家の常
大敗戦を喫す
万事休す?
苦節五百年
人宗口約を履行す
袈裟売り
スーパーマンの教え
出発
 
第二巻 三蔵創業の巻
第一章 天下晴れて 第五章 黄塵万里
国境を越えて
悟空の出獄
死心復燃
八戒の弟子入り
三蔵生捕らる
八戎の初功労
黄塵万里
第二章 馬上吟 第六章 三蔵部屋の誕生
三日坊主
虫封じの輪
竜頭蛇尾
毛が三本
菩薩の勤評論
流沙河の妖怪
葫蘆船
メリイ・ウイドウ
第三章 観音院の夕暮 第七章 白日夢さめて
袈裟くらべ
観音院炎上
消えた袈裟
犯人は俺だ
痩我慢の説
八戒の初夢
不老長生の山
人蔘果
第四章 八戒登場す 第八章 人蔘禍
援軍をたのむ
猿のハカリゴト
高老荘の化け物
女のいる部屋
毒を食らわば
食い逃げの哲学
債鬼逃げるべし
税務署のように
 
第三巻 出たり入ったりの巻
第一章 まあまあ、丸く 第五章 山高ければ谷深し
顔を借りる
甘露水
山中の美人
涙腺を狙え
ホシはどこだ
狡猿計あり
八戒小説をつくる
第二章 出て行けと言うなら 第六章 金銀魔多し
遂に分裂
山河ありき
竹のカーテン
サイノロジスト
八戒爼上にのぼる
歴史は繰りかえすか
義の赴くところ
商業ベースで
第三章 八戒の幹事長ぶり 第七章 金銀魔多し
話題の人
八戒のラッパ
巻返し戦術
孤掌難鳴
身代り使者
悟空ギツネ
頭かくして
オスかメスか
第四章 やっばり悟空 第八章 金銀無縁
困った時の猿頼み
怒れ悟空
女の出る幕
火はダマせない
金銀無縁
カミナリ坊主
 
第四巻 風餐露宿の巻
第一章 王座は狙われている 第五章 黒船物語
真夜中の客
立帝貨
冷たい人
泥棒の相談
借り物のうてな
ズバリ申しあげる
自由化魔
第二章 二人の三蔵 第六章 俄か救世主
ここ掘れ、ワンワン
泣き男
起死回生
二人の三蔵
自由化論争
小ワニ一匹
排仏国の“十三階段”
夢に見る救世主
第三章 赤い雲 第七章 コンクール王国
サービス競争
通り魔
昨日の友は
火事は一一九番へ
夜食狩り
聖水をどうぞ
求雨コンクール
誰 の 雨
第四章 冷戦熱戦 第八章 照るにつけ曇るにつけ
火攻め水攻め煙攻め
八戒ペスト
笑いあい
真贋のあいだ
坐禅コンクール
透視術くらべ
賭けるなら生命まで
死ねばわかる
 
第五巻 色は匂えどの巻
第一章 早い雪 第五章 女の都
大学教授は知らない
インスピレーション大王
身代り供養
初秋の雪
シンボル談義
水商売
女ばかりの都
結婚サギ
第二章 金魚を釣る話 第六章 からっ風
あわれ水の底
アルバイト合戦
魚籃観音
オーロラ地帯
頭痛のタネ
色の道教えます
さそりの精
仕立屋小僧
第三章 泥棒一家 第七章 男泣き
欲を制する術
低姿勢ばやり
火の雨もものかは
昔とった杵柄
悟空の弔詞
またも追放令
まあまあ菩薩
忘恩の徒
第四章 白い輪 第八章 俺は淋しい
悟空の啖呵
極楽からの援兵
太上老君の牛
男の妊娠
悟空のアリバイ
平和的解決策なし
第四の猿
善人は淋し
 
第六巻 経世済民の巻
第一章 妻と妾と友と 第五章  亜流極楽
女の二言
奥様お茶をどうぞ
越すに越されぬ火
友の女は辱しむるなかれ
名だまされたい人もある
小西天にも銀座あり
義勇軍は兵に非ず
禁じられた遊び
第二章 左団扇 第六章 インスタント・ドクトル
一丈二尺を肩に
歴史はくりかえす
化け合いコンクール
左うちわよりも
嘆きの王国
お買い物上手は
俄か医者
悟空の処方
第三章 ネオン国 第七章 戦争は悲し
レジャー時代の悲哀
つきとめた真犯人
あなたも被害者
ホルモン療法
ノイローゼに原因あり
地下壕時代
センチメンタル国王
第四章 風流歌あわせ 第八章 消える死の灰
名所新跡ドラゴン・イン
八戒の請負い業
どこの仲人魔
女は宝石に弱い
英雄は美人に弱い
因果はめぐる
 
第七巻 道遠しの巻
第一章 女たちとそのヒモ 第五章 子を飼う国
サディスト・クラブ
春の痴漢
魔女の巣
一服盛られる
デマの都
燕雀いずくんぞ
生きて笑って楽しんで
第二章 化け物は山盛り 第六章 鐘は錆びたり
女郎蜘蛛にもヒモあり
トリとムカデ
化け物が一ぱい
誠心と悪心
柳の下のアパート
インスタント占い
西方事情
第三章 猿の冬籠もり 第七章 色の道は底なし
袖の下長官
算盤玉を逆にはじくな
陰陽にも秋の風
冬眠の場所
三蔵の弱気
お経より女経
女の靴
亭主の座
第四章 スーダラ・スイスイ 第八章 尾花と露
スーダラ人生
へそくり問答
料理のシロウト
アナリスト問答
インスタント・ベビー
駈けこみ訴え
お釈迦様ならご存じ
 
第八巻 ああ世も末の巻
第一章 理想境か失望境か 第五章 世は観光ブーム
懐疑はおどる
宿賃にABCあり
箱入り道中
極楽と隣り合わせ
油まつり
教義か観光か
悲しきピエロ
福祉国家は重税国家か
第二章 天竺にもう一歩 第六章 恋の恨みは長し
食い気一すじ
壮士陣ニ臨メバ
首実検
天竺は近づいたけれど
宿坊は長し
私の選んだ人
歴史はくりかえす
四十五歳の童貞
第三章 平和と共存と 第七章 因果はめぐる
今や無形文化財
モダン寺開山
カーストの国
平和と力と
慈善家の門
据え膳よ、さようなら
恩 が 仇
死ぬことと見つけたり
第四章 中立主義とは 第八章 末世の終り
産業スパイではない
べきかべきでないか
獅子の歯ギシリ
中立主義の真髄
忘却の彼方
蔵 の 中
仏教経営学
真理の道

四 真理の道


さて、極楽浄土で洗脳を受けた三蔵は、
もはや過去の三蔵ではなくなっていた。
彼の魂は既に肉体を離れ去り、
肉体はあの谷川に沈んでしまっていたからである。

ふと気がつくと、三蔵は雲の上から下界を眺めていた。
「わあッ。大へんだ」

墜落の意識にとらえられて、三蔵は思わず叫び声をあげた。

しかし、雲は悠々と上空を流れていて、
その上に立った三蔵は不思議な安定感に支えられている。
「うまいぞ。うまいぞ。
 見ろよ、お師匠さまのあの雲の乗り方を。
 新米にしてはずいぶん腕達者じゃないか?」

八戒が手を叩くと、悟空は、
「当り前じゃないか。
 マスコミの波に乗るのだってうまかったのだから、
 雲に乗るくらいのことは朝飯前さ」
「それよりも、ここはどこだろう。
 お前ら、感心ばかりしていないで、
 現在位置を確認しておくれよ」

沙悟浄はあたりを見廻していたが、
「流れの音がきこえてくるようですね」
「きっとお前の生まれ故郷だよ」
と悟空、が言った。
「沙悟浄の生まれ故郷は流沙河だぜ」
「いやいや。ここは流沙河じゃない。通天河のようだ。
 ほら、あそこに見覚えのある渡しが見えている」
「通天河の東岸にはたしか陳家荘があったな。
 子供を助けてやったが、
 今も元気で暮らしているだろうか?」

空の上から見ていると、
陳家荘の救生寺には人だかりがしている。
「ずいぶん繁昌しているようだな。
 結構なことじゃないか?」
「しかし様子が少しおかしいよ。
 線香の煙がたたずに、人間ばかり、
 それも中学生や小学生ばかりがゾロゾロ列をなしている。
 ほら、ガイドの女の人が立て札の前で
 何やらしきりに説明しているではないか」
「ハハン。
 すると、ここも
 観光収入で寺院を維持するようになったと見えるな。
 全く坊主も堕落したものだ」
「観光ブームまたよからずや、だよ」
と三蔵はひどく鷹揚な気持になって言った。
「全世界の坊主に蔵をあたえ、
 人々にレジャーの楽しみをあたえている点で、
 釈迦如来が古今稀に見る
 大経営者であることに変わりはないのだからね」

雲は見る間に通天河をすぎ、流沙河をすぎ、
やがて、長安の郡へと近づいてきた。

太宗皇帝は貞観十三年、
三蔵法師を長安の郡から送り出したが、
三年たった十六年に望経楼を建てて、
三蔵の帰りを待っていた。
またかつて三蔵の住んでいた洪福寺では、
坊主たちが別れぎわに三蔵が残して行った言葉を
覚えていて、
毎日毎日、松の枝が東へ伸びる日を
今日か今日かと待っていた。
「おお、いい風だ」

望経楼の看視人がふと空を見あげると、
白い雲が四つこちらへ向ってとんでくる。
その上に、
モンタージュ写真で見覚えのある三蔵らしい男と、
ほかに見知らぬ男が三人乗っている。
「帰ってきたぞ、帰ってきたぞ。
 三蔵さまがお帰りになったぞ」
洪福寺でも同じ叫び声がきこえた。
というのは、庭の松の枝がこの日に限って、
一せいに、東へ東へと伸びはじめたからである。
雲は長安の都の上まで来ると、次第に低く垂れこめ、
やがてそのまま消えてなくなってしまった。

誰も三蔵やその弟子たちの姿を見た者はいない。
しかし、
三蔵があやしげな徒弟たちを連れて長安の郡へ戻り、
そのまま御殿の中へ入ったという人もあるし、
洪福寺の方丈へ入って行ったという人もある。
うわさはまことしやかに口から口へと伝わり、
たしかにこの目で見たという人さえ現れるようになった。
そして、もはや誰も、
三蔵が長い長い旅に出かけたまま
かえって来なかったというきびしい現実を
信ずる者はいなくなってしまった。
何故ならば、三蔵の如き愚かにも一途な男の魂は、
すべての人々の心の中に
安住の地を発見してしまったからである。

或る日、洪福寺の老住職は、
経典を収めている書庫の中へ入った。
誰も読まなくなってしまった
過去の教えの数々が蔵いこまれた書庫の中には、
あの極楽の宝庫にもまさる強いカビの匂いが漂っていた。

その匂いがあまりにも息苦しかったので、
老住職は窓をあけようとした。
だが幾久しく閉ざされたままになった窓は
さびついて容易にあいてくれない。
「えいっ」

力を入れてひっぱると、
太陽の光が煙のように立ちこめた埃をうつし出した。
その時、ガサリと音を立てて下におちたものがある。
何だろうと思って拾いあげて見ると、一冊の本だった。

老住職はパラパラとめくって見たが、
そのうちに魂を奪われたように読み出した。
それはお経ではなくて、
お経を求めて思わず知らず
真理の道をまっしぐらに歩いて行った
三蔵という一人の男の生涯の物語であった。 


合掌。


 ─ 完結 ─


あとがきはこちらから。

2001-05-12-SAT

HOME
ホーム